憲法25条が定める「健康で文化的な最低限度の生活」の基準を恣意(しい)的に変更することは許されない。最高裁が突き付けた判断を、政治と行政は重く受け止めるべきだ。
政府が2013~15年に生活保護費を最大10%引き下げたのは生活保護法違反として、受給者が国と自治体に減額の取り消しなどを求めた訴訟の上告審判決で、最高裁第3小法廷は違法と認め処分を取り消した。
国や自治体は、約千人いる原告のみならず、200万人以上とされる当時の受給者全員の減額分の支給などを速やかに進めねばならない。
一連の訴訟は神戸など29の地裁に提訴され、違法、適法の判断が割れていた。最高裁は大阪、名古屋高裁判決の上告審を審理し、初の統一判断を示した。
生活保護費引き下げの根拠のうち、専門家の意見を聴かず、物価下落率のみに基づき生活扶助を減額した対応は「裁量範囲の逸脱、乱用があった」と断じ、無効とした。
一方、一般の低所得世帯との均衡を図る「ゆがみ調整」について、専門家の検証結果を2分の1しか反映させなかった判断は適法とした。注意義務違反に対する国家賠償も認めなかったが、裁判官の一人はこれらも違法とする反対意見を付けた。
見過ごせないのは、当時の基準引き下げが政治的思惑に影響された可能性が高いことだ。
12年の衆院選で、当時野党だった自民党は生活保護費の削減を公約に掲げた。背景には、08年のリーマン・ショックによる受給世帯の急増に加え、「楽をしてお金をもらっている」などの誤った認識や偏見が広がったことが指摘される。
誤解を解くべき政治が、受給者への偏見を助長するような主張をした責任は重いと言わざるを得ない。
政権復帰した自民の意向を受け、厚生労働省は見直しを急いだ。政権与党に忖度(そんたく)し「削減ありき」で引き下げたとすれば、制度の根幹が揺らぐ。政府は政策決定の経緯を検証し、説明責任を果たす必要がある。
生活保護基準は中国残留邦人やハンセン病療養所入所者の家族らへの支援基準になり、これらも不当に減額された恐れがある。保育料や介護保険料などの減免基準額に準用されている可能性もある。影響の全容を明らかにしてもらいたい。
生活保護は、困窮する人に手を差し伸べ、早期の自立を支えるための制度である。政府は国民の理解を促し、利用をためらわせるような風潮を払拭する努力が不可欠だ。
基礎年金引き上げなど年金制度の課題解決とともに、生活保護制度を機能させ、誰もが人間らしく暮らせる安全網を築く責務が国にはある。