平田オリザさん
平田オリザさん

 今年も豊岡演劇祭が始まった。連日、多くの観客で、但馬中がにぎわっている。

 私自身は城崎で、アンドロイド演劇『変身』を上演する。昨年、大阪・関西万博でご覧になった方も多いかと思うが、大阪大学の石黒浩教授が開発した最先端のロボットを使っての上演になる。

 本作は10年ほど前にフランスのノルマンディー演劇祭からの依頼で書いた戯曲だが、今回は初めて日本語版をリメークすることになった。この10年でロボット技術は格段に進歩し、なによりAIが人々の生活の中に入ってきた。今回の上演では、そういった最先端の技術やトピックも織り込みながら、新しいアンドロイド演劇を創(つく)っている。

 フランツ・カフカの原作『変身』は、朝起きてみたら虫になっていた男と家族の物語だが、私の方は、朝起きたらロボットになっていたという設定だ。近未来、人間とアンドロイドの境界は曖昧になっていく。本作は何をもって人間と呼ぶのかを問う作品だ。来年は、この作品でシンガポール国際芸術祭に招かれており、その後も国内外で上演が続くので、どこかの機会にご覧いただければと願う。

■感心より感動を求めて

 ロボットを文芸作品で取り上げる際に有名な「ロボット三原則」というものがある。SF作家アイザック・アシモフが、1950年に発表した「我はロボット」という名作の中で提唱された概念だ。

 第一条 ロボットは人間に危害を加えてはならない。また、その危険を看過することによって、人間に危害を及ぼしてはならない。

 第二条 ロボットは人間にあたえられた命令に服従しなければならない。ただし、あたえられた命令が、第一条に反する場合は、この限りでない。

 第三条 ロボットは、前掲第一条および第二条に反するおそれのないかぎり、自己を守らなければならない。(小尾芙佐訳)

 その後に書かれた多くの小説や漫画、アニメはこの三原則に大きな影響を受け、またそこから生じる矛盾や葛藤を描いてきた。

 では現実の社会はどうだろう。何をロボットと定義するかも難しいが、実際に、ドローンは次々に人を殺しているし、いずれフィジカルAIと呼ばれる二足歩行型ロボットが兵士として戦場に現れる日も遠くない。この危険性は国連でも議論が始まっているが、いまのところ「ロボット三原則」などどこへやらという雰囲気だ。

 ロボット研究者の話では、二足歩行型ロボットの研究では、中国は日本の数百倍の予算を使っているそうだ。もちろん米国も官民で同程度かそれ以上の研究費をかけているだろう。日本の研究者は竹やりで戦っているようなもので、単なる開発競争では勝てるわけがない。では日本のロボット開発に勝ち筋はないのだろうか。

 今年になってから、ネット上で踊るロボットの映像が多く流れた。たしかに立派な技術だ。しかし、あれをダンスと考えるなら芸術的な価値はほとんどない。技術に感心はするが感動は呼び起こさない。最近話題になったのは二足歩行ロボットの100メートル走だった。ウサイン・ボルトの世界記録を超えて9秒前後で走り抜けるロボットが続出した。しかし、この映像に違和感を抱いた方も多かったのではないか。100メートルを疾走したあとロボットたちは、マットに直撃して倒れていく。そこで破損するロボットも多かったようだ。ロボット三原則の第三条がまるで守られていない。

 トラックを曲がる技術がないわけではない。ただ、この競技の規定が、マットにぶつかることを前提としているのだろう。NHKの人気番組「ロボコン」だったら、こんなルール設定にはしないはずだ。100メートルを走り終えたら破損してもいいロボットの開発など意味がないから。

 おそらく他国と日本では、ロボット開発の前提が異なるのだ。米中の研究は軍事利用も兼ねたデュアルユースが前提となっている。もちろん現代の科学は複雑に発達しているから、軍事転用の可能性がある研究を全て禁じろといった書生論を述べたいわけではない。しかしデュアルユースを前提にするかどうかは、やはり重要な論点だろう。軍用の技術開発は採算分岐点がなかったり、国家が主な顧客だから自由競争が起きにくかったりする。そのため開発費は肥大化し、青天井となりやすい。米中が百倍以上の予算を持っていることはうらやましくもあるが、素直に受け取れない側面も大きい。

 日本のロボット開発は、原則として民生利用のみを追求してきた。多くの大学では、どうしたらロボットが家庭や職場にスムーズに溶け込んでいけるかを考える研究がいまも主流だ。私が関わってきたロボット演劇は、そのための先端研究と言ってもいい。私はそのことを誇りに思う。

 技術を誇り、人々を感心させるロボットではなく、人を感動させるロボットを作りたいと私たちは願ってきた。数百倍の予算があっても人の心を動かせるとは限らない。この点にこそ、日本の勝ち筋があるのではないかと私は信じる。(ひらた・おりざ=芸術文化観光専門職大学学長、劇作家)