玄関先の小さな庭でチューリップが芽吹いている。昨年の秋、森脇真美さん(57)が植えたものだ。花が咲くのを楽しみにしていたという。
私たちは森脇さんの長女、猪野麻帆さん(27)の家を訪れている。3月中旬、森脇さんの死から3週間が過ぎようとしていた。
麻帆さん、森脇さんの夫祐一さん(58)と向かい合って座る。祐一さんが、亡くなる2日前に病室で撮影したという動画を見せてくれる。
ピアノ講師の麻帆さんが、森脇さんの正面でキーボードを奏でている。曲は森脇さんが好きだったアイドルグループ「嵐」の「ふるさと」だ。そばに次女と三女もいる。優しい旋律が部屋に響く。
森脇さんは首を少し動かし、リズムを取っている。演奏が終わると、白い歯を見せて拍手した。
画面から顔を上げる。2人とも目元が潤んでいる。麻帆さんが「日に日につらさが増し、毎日夢に母が出ます。覚悟していたはずやのに、めっちゃつらいです」と言う。
その日の夜、祐一さんから私たちにメールが届いた。今の気持ちを整理し、つづってくれたのだろう。
「家内は家内の人生を生き、その人生で主役を全うしたと思います。化学療法に臨み、中断、再開、その後中止を決断。迷いはあっても、自ら選び決めた姿は子どもたちにも伝わっていると思います」
◇ ◇
森脇さんが亡くなる10日前に時間を戻したい。私たちは病室を訪ね、ずっと気になっていたことを尋ねた。
なぜ、取材を受けようと思われたのですか?
森脇さんは「そうねえ」と言って天井を見つめた。「私、なんとなく死ぬのが嫌やったから、がんの人がどんな思いを持って死んでいくのか、知りたいって思っていたの」
病気になり、余命を告げられる。残された時間を生きる思いは人それぞれだろう。でも、かつての自分と同じように、死と向き合う気持ちに触れたいと思う人はきっといる-。
「私の話がぐっと心に入るかは分からないよ。でも、生きざまとか、素直な言葉を伝えたいなって思ったの」
涙を流し、胸のうちを明かしてくれた。私たちがじっくりと話を聞いたのは、これが最後だった。
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