私たちはタイ北部のウッタラディット県にある県立病院で取材を続けている。
朝、病院に着くと、血液のがんが専門の女医ナワポーン・タンシリさん(42)が教えてくれた。「きょうの夜、昨日亡くなった女性の葬儀があります」
前日、重篤な患者のベッドを回って声を掛けていた、僧侶のスティサート師が最初に向かったのが、白血病の女性(52)のベッドだったのを思い出す。意識はなく、腕や口、鼻に管がつながれていた。
スティサート師が病室を出た直後、「もう苦しませたくない」という家族の希望で呼吸器が外され、息を引き取ったそうだ。
◇ ◇
午後7時半。ナワポーンさんの運転で、葬儀が営まれている寺に向かう。広場にたくさんの車が止まっている。スピーカーから大音量の音楽が流れている。
中に入ると、派手な装飾の棺(ひつぎ)がある。参列者はざっと400人ほどだろうか。あちこちで携帯電話の着信音が鳴り、おしゃべりしている人も多い。日本の葬儀とはかなり雰囲気が違う。火葬は4日後で、それまで毎日、夕方から葬儀が執り行われるらしい。
亡くなった女性の兄に案内され、私たちも祭壇の前に座る。長さ50センチほどの線香に火を付け、手を合わせる。「体はなくなったけど、悲しまなくて大丈夫。私たちが『逝かないで』と言っていたら、妹は苦しんだでしょう」。そう言って兄が笑う。
◇ ◇
翌日、私たちは別の寺を訪れた。スコールに見舞われ、建物の軒先で雨宿りしていると、この寺の僧侶が話し掛けてきた。「きょうは、ここで葬儀があるよ」。そう言って敷地内の集会所に案内してくれる。小さな葬儀の準備が進んでいた。
亡くなったのは75歳の女性だ。家族に話を聞く。体調を崩したため、弟が同居して面倒を見ていた。椅子に座り、「もうだめだ」と言った後、息を引き取ったという。
「ようやく体から自由になって、心が解放されたと思いますよ。苦しまずに逝ったので、良かった」。最期の様子を説明する弟は穏やかな顔をしている。
「タイでは、その時が来れば、本人も家族も、すーっと命を手放していく。そんな感じがします」。そばで一緒に話を聞いていた通訳の浦崎雅代さん(47)が言った。
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