もう一人、私たちが兵庫県芦屋市立芦屋病院で出会った女性について記しておきたい。短大の元准教授、山田麻子さん(67)=仮名=のことだ。
西宮市内で高齢の母親と暮らしていたが、2017年に胃がんの手術をし、昨年末、緩和ケア病棟に入った。もともとは幼稚園の先生で、発達障害がある子どもや保護者の支援に30年、関わってきた。
私たちと話していても、病状について説明しているときは少しこわばっていた表情が、子どもたちの話になると一気に和らいだ。
「子どもたちを見てると、すごいなーって」
できることが増えたり、成人して「すてきなお嬢さん」になったり…。子どもたちには可能性がある。そう言って、優しく笑った。
山田さんは入院中の1月中旬、仕事の同僚や友人、関わりがあった子どもや保護者たちに寒中見舞いを送っている。全部で186通、投函(とうかん)した。そこにはこう書いた。
「私はゆっくりおだやかに過ごしております。これからも幼き方々や弱き立場にいる方々のことを大切にする者でありたいと願っています」
私たちは2月12日を最後に、山田さんと面会できなくなった。新型コロナウイルスの感染予防で、面会が原則禁止になったためだ。それからはメールでやりとりをした。
3月4日。体調を尋ねると「食事はできません。口から入るのは、小さな氷だけです。痛みがあれば、すぐに対処していただいています。私の体調は、病院の中で、充分護(まも)られています」と返ってきた。
3月21日のメールには「新型コロナウイルスの影響は、深刻ですね。病室から、遠くに桜が見えています。ほっとします」とあった。
横になり、窓の外を静かに眺めているのだろうか。
そういえば、山田さんはかつて、緩和ケア病棟についてこう話していた。
「人として認めてもらっている。先生も看護師さんも、お掃除の人も、いつも一生懸命してくださる。だから穏やかに過ごせます」
山田さんの言葉を受け、私たちは緩和ケア病棟についてもう少し取材をしようと話し合った。そして、緩和ケア病棟の草分けとされる大阪市の淀川キリスト教病院を訪ねた。
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