末期の胆管がんで芦屋市立芦屋病院に入院する金森英彦さん(84)=西宮市=の隣で、妻の克子さん(83)が白血病の治療を受けている。
長女の宮本亜紀子さんが克子さんに尋ねたことがある。
「お父さんと並んでるの、どう?」
「ええよ。やっぱり、ええよ」と克子さん。
「どうして?」とさらに聞くと、「見えるから」。
見える、そばにいる。2月上旬、亜紀子さんは私たちにこう話している。「もうすぐ父が逝くのは分かっているけれど、夫婦一緒だから、その日が来るまで穏やかに、という感じです」
◇ ◇
同じ頃、亜紀子さんが私たちに一つの悩みを口にした。克子さんの治療のことだ。
白血病が分かった日、克子さんは抗がん剤治療を「しなくていい」と言ったそうだ。しかし、英彦さんより先に亡くなる可能性があり、家族で相談して「できることがあるなら」と治療を決めた。
それから約1カ月。亜紀子さんは「母はずっとしんどそうで、前向きな言葉を聞いていません。これでいいのかと思い始めました」と言う。点滴の抗がん剤に目立った効果が見られず、飲み薬の抗がん剤をするかどうかの判断が迫っていた。
悩んだ亜紀子さんは、英彦さんに「治療を続ける意味、あるのかな?」と聞いた。
「すると父は『あれを』と言って『尊厳死宣言書』の話をしたんです」
亜紀子さんがA4サイズの紙を見せてくれる。「人間としての尊厳を失うことなく、安らかな死を迎えることが出来ますように、延命措置は一切行わないでください」。2008年に作成したもので、痛みを和らげる緩和ケアの希望を記し、夫婦と亜紀子さんらきょうだい3人の署名がある。
「だから、母は今の状況を望んでないと思うんです」と亜紀子さんは言った。
◇ ◇
2月中旬、再び病室を訪ねた私たちに、亜紀子さんは抗がん剤治療をやめることにした、と話した。医師との面談を振り返りながら、涙目になる。「母の命を短くしているんじゃないか、とも考えて…。でも、母にとっては良かったと思っています」
英彦さんはこの頃、目を開ける時間が次第に少なくなっていた。
2020/3/31【募集】ご意見、ご感想をお寄せください2020/3/22
【読者からの手紙】(1)「私ね、幸せだったよ」2020/4/22
【読者からの手紙】(2)離れて暮らす孫のためにも/「いつも一緒にいる」と約束2020/4/22
(24)最期の姿はメッセージ2020/4/19
(23)「死」は隠すものじゃない2020/4/18
(22)亡き父の話題、避けてきた2020/4/17
(21)日常の中にある「死」2020/4/16
(20)「すーっと、命を手放す」2020/4/15