近年、台湾海峡を巡る緊張の高まりが国際社会で注目されている。中国が台湾を自国の一部と主張し、軍事的圧力を強める中、台湾有事が現実的なリスクとして浮上している。この状況は、日中関係に不透明さをもたらし、日本企業にとって深刻な課題となっている。特に、台湾に進出する日本企業は、社員の安全を確保するため、駐在員数の最少化を検討する必要がある。
■台湾有事の可能性と背景
台湾有事とは、中国が台湾に対し軍事侵攻を行うシナリオを指す。中国は「一つの中国」原則を掲げ、台湾の統一を国家目標としており、近年では軍事演習の頻度や規模を拡大させている。2022年のペロシ米下院議長の訪台に対する中国の反応は、台湾周辺での大規模な軍事演習として表れ、国際社会に衝撃を与えた。安全保障専門家の間では、2027年までに中国が台湾侵攻の能力を整えるという可能性が指摘されている。
一方で、台湾有事の可能性はゼロではないものの、短期的には低いとの見方もある。中国経済の停滞や内政の不安定さが、軍事行動を抑制する要因とされている。しかし、専制国家では国内の不安定さを外部への強硬姿勢で補う傾向が見られるため、油断は禁物である。国際政治学の観点から見ると、中国の行動は地政学的意図と国内政治のバランスに左右される。この不確実性が、台湾有事のリスクを一層複雑なものにしている。
■日中関係の不透明さと日本企業への影響
日中関係は、台湾問題を背景に一層の不透明さを増している。日本は米国との同盟関係を基盤とし、台湾海峡の平和と安定を重視する立場を明確にしている。2021年の日米首脳会談では、台湾問題が共同声明に明記され、中国の反発を招いた。このような状況下で、台湾有事が発生した場合、日本は米国の軍事行動に協力する可能性が高く、中国との関係悪化は避けられない。
日本企業にとって、この不透明さは直接的なリスクとなる。台湾には約2万人の日本人が生活し、多くの企業が進出している。特に、半導体産業を中心としたサプライチェーンの重要性は高く、台湾有事が発生すれば、物流の停滞や生産の混乱が予想される。さらに、中国からの経済制裁や報復措置により、中国に依存する部品調達が困難になる可能性もある。これらのリスクは、企業の事業継続性だけでなく、駐在員の安全にも直結する。
■ 駐在員数削減の必要性
社員の安全確保は、企業にとって最優先事項である。台湾有事が発生した場合、駐在員とその家族の退避が喫緊の課題となる。しかし、軍事衝突下では航空便の停止や港湾の封鎖により、退避経路が確保できない可能性が高い。実際、過去の紛争事例では、邦人保護のための迅速な対応が困難であったケースがある。したがって、事前に対策を講じることが不可欠である。
駐在員数の最少化は、このリスクを軽減する有効な手段である。具体的には、必要不可欠な業務に限定して駐在員を配置し、リモートワークや現地採用の強化により、日本人駐在員の数を削減する。これにより、有事の際の退避対象者を減らし、迅速な対応を可能にする。また、台湾各地の防空壕の場所や緊急時の連絡網を事前に整備し、危機管理マニュアルを策定することも重要である。サプライチェーンの多元化や代替生産拠点の検討と並行し、駐在員数の見直しは、企業がリスクに備える第一歩となる。
■ 今後の展望と企業に求められる行動
台湾有事のリスクは、国際政治の動向に大きく左右される。米国と中国の対立が続く中、日本企業は最悪のシナリオを想定した準備を進める必要がある。駐在員数の最少化は、社員の安全を守るだけでなく、企業のレジリエンスを高める戦略でもある。日中関係の不透明さが続く限り、企業は地政学リスクを軽視せず、柔軟かつ迅速な対応を求められる。
結論として、台湾有事の可能性と日中関係の不透明さは、日本企業にとって無視できない課題である。駐在員数の最少化は、社員の安全を確保し、事業継続性を維持するための現実的な対策である。企業は今、危機管理体制の強化と戦略的な人員配置の見直しを通じて、未来の不確実性に備えるべきである。国際政治の変動を見据え、迅速な行動が企業の責任と信頼を支える鍵となる。
◆和田大樹(わだ・だいじゅ)外交・安全保障研究者 株式会社 Strategic Intelligence 代表取締役 CEO、一般社団法人日本カウンターインテリジェンス協会理事、清和大学講師などを兼務。研究分野としては、国際政治学、安全保障論、国際テロリズム論、経済安全保障など。大学研究者である一方、実務家として海外に進出する企業向けに地政学・経済安全保障リスクのコンサルティング業務(情報提供、助言、セミナーなど)を行っている。