2025年3月、山陽自動車道牟佐トンネル付近(岡山市北区)で自動車の追突事故がありました。幸い、命にかかわるようなケガをした人はいませんでしたが、追突された車に乗っていた犬が事故処理中に逃げ出してしまったそうです。名前はモモちゃん。元保護犬で、何軒かの家を転々とした後、“ずっとのおうち”にたどり着いたワンちゃんでした。
「“ジモティー”というサイトでかわいい子がいるなと思って見ていたら、里親さんが決まったようで安心していたんです。でもしばらくすると、別の方が『里親募集』と出されていて。またすぐにもらわれたのに、数日後には『里親募集』って…。名前が同じだし絶対に同じ子だと思って、うちに迎えることにしたんです」
3年前のことをそう振り返るのは、福岡在住の森安咲弥香さん。モモちゃんと本当の意味で家族になってくれた、今の“お母さん”です。
家に来た頃のモモちゃんは大変な怖がりで、ソファーの下が定位置。ごはんも1年以上、頭だけ出して食べていたと言いますから、相当なものです。また、初めて一緒に外を歩いたとき、両前脚が「少しぶらぶらしている感じ」がして動物病院へ行ったところ、「小さいときから散歩もせず狭い所に閉じ込められていたせいで、骨が曲がり、筋力も付かなかったのではないか」と言われたそうです。一度はモモちゃんに手を挙げた2家族は、脚のことや怖がりの様子を見て、無責任にもすぐ手放したのかもしれません。
そんな怖がりのモモちゃん。家族には徐々に馴れ、ソファーがなくなっても家の中に居場所を見つけていましたが、事故の衝撃やパトカーのサイレン、次々とやってくる警察官など知らない人たちは恐怖の対象だったに違いありません。思わず車から飛び出してしまったのでしょう。ご家族はすぐに気づいて追いかけようとしましたが、そこは高速道路の上。反対車線に走って行った犬に追いつくはずもなく、軽症だったとはいえ全員が救急車で運ばれたため、すぐに捜すことはできませんでした。
「警察と愛護センター、NEXCO西日本に連絡して、あとは『迷子ペット.NET』に登録しました。現地にも何度も足を運びましたね」(森安さん)
■脱走して10日後、初めての目撃情報
約10日が過ぎた頃、初めて目撃情報が入りました。無事に高速道路を降りられたようで、森安さんは翌日すぐに岡山へ向かいましたが、発見には至らず。ただ、目撃したのがたまたま動物病院のスタッフだったこともあり、その後も情報提供だけでなくエサを置いてくれるなど協力してもらえたと言います。
森安さんが自分の目でモモちゃんを確認できたのは、5月に入ってからのこと。事故から2か月余りたっていたでしょうか。岡山市北区玉柏というエリアに定着しているらしいことが分かり、駆け付けたときでした。牟佐トンネルからは旭川という大きな川を越えて約2キロ離れた場所。モモちゃんはちょっとした冒険をしていたようです。
その日は捕まえることができませんでしたが、5月下旬、設置された捕獲器に入ってくれたモモちゃん。そこには多くの人たちの協力がありました。牟佐や玉柏をはじめ近隣の町内会の方、消防団の方、牟佐駐在所の駐在さん…駐在さんは勤務時間外に地元の農家さんと一緒に捕獲を試みてくれたり、早朝や夜間に私服で見守り、エサやりなどしてくれたそうです。
最終的には、縁あって繋がった岡山市を拠点に猫と犬の保護・譲渡活動を行う『NPO法人Equal Life(エクアルライフ)』の“犬部門”を担当し、野犬の捕獲など経験豊富な赤堀淳さんが現地に赴き、捕獲器を設置。地元の方に捕獲器への誘導の仕方、餌付けの仕方などを伝え、みんなの思いがひとつになって、モモちゃんは数か月ぶりに家族と再会することができました。
「皆さんには本当に感謝しています。モモが脱走したのは家の中でやっと私たちに馴れてきた頃、オテができるようになって1か月くらいのときでしたから、家族のことを忘れているんじゃないかと心配だったのですが、迎えに行くと尻尾を振って来てくれたんです。それまでなかったことなので、本当にうれしかったですね。
私が体調不良ですぐに迎えに行けず、半月程エクアルライフさんに預かっていただいたのですが、その間にびっくりするくらい人馴れして、今では『オイデ』で来てくれますし、ベッドに上がってきて私の腕枕で寝ています。先日、初めて娘と追いかけっこして遊んだんですよ!楽しそうに尻尾を振りながら」(森安さん)
福岡に帰る前には、捕獲に協力したご夫婦がモモちゃんに会いにエクアルライフの犬舎を訪れたと言いますから、迷子の間もどれだけ愛されていたかが分かります。
高速道路を走って逃げ、2か月以上も放浪していたにもかかわらず、事故に遭うことなく無事に家に帰れたモモちゃん。強運の持ち主は、ようやく出会えた“家族”と共に、幸せに暮らしていけるに違いありません。
(まいどなニュース特約・岡部 充代)