奥さんが受け取ったとき、子猫の体は驚くほど冷たく、硬く感じたという(「にゃんこ先生family」さん提供)
奥さんが受け取ったとき、子猫の体は驚くほど冷たく、硬く感じたという(「にゃんこ先生family」さん提供)

「通勤中の夫から連絡 国道沿いで動かない猫を保護したと」

そんな一文から始まるInstagramの投稿が、多くの人の胸を打っています。投稿したのは、猫5匹と暮らす「にゃんこ先生family」さん。埼玉県熊谷市の国道沿いで保護された瀕死の子猫が、72時間で奇跡の回復を遂げ、家族になった物語です。

■「タヌキが轢かれていると思った」…真冬の国道で

1月28日、真冬の朝。ご主人はいつもより少し早く家を出ました。

車通りの激しい熊谷の国道を走行中、最初は「何かが轢かれている」と思ったといいます。しかし近づくにつれ、「猫だ!まだ生きてる!」と気づきました。

中央分離帯があり、すぐに引き返せない状況。回り道をして戻るまで約3分。その間も「生きているだろうか」と不安が募ったそうです。再び現場に到着すると、猫は歩道側へ移動していました。

「やはり、生きてる」

ハザードをつけ、後続車の様子を見ながら急いで抱き上げました。顔や足から出血。真冬の冷気の中、すぐ近くのコンビニへ駐車し状態を確認。ヒーターを足元に当てながら職場へ向かったといいます。

■「体が冷たくて、硬くて」…覚悟した最悪の事態

連絡を受けた奥さまは、画面を開いた瞬間に事態の深刻さを悟りました。

「素手で捕まえられるなんて、重症だと思いました」

自宅と夫の職場の中間地点で受け取ったとき、子猫の体は驚くほど冷たく、硬く感じたそうです。

「生きられないのかな、と弱気になりました」

すぐに動物病院へ。鼻からの出血、交通事故の可能性を伝えましたが、レントゲンでは骨折はなし。ただし極度の脱水と貧血。体重はわずか850グラムでした。

「この様子だと、しばらく食べられていなかったでしょう」と。

点滴が始まりました。

■ “生きてくれた”--子猫が回復するまでの72時間

午前9時半に預け、仕事を終えて面会したのは15時過ぎ。うつむいていた顔が、正面を向いていたといいます。

「あ、シャム猫だったんだ!タヌキみたい!かわいい!」

それまで“生きるかどうか”しか考えられなかった気持ちに、初めて余裕が生まれた瞬間でした。

48時間後にはおすわりができるように。毛づくろいも始めました。72時間後、自力でごはんを食べられるように。

「感動しました。本当に、生きてくれた」

退院の日、家族に迎え入れる決意が固まっていました。

■名前は「禰豆子」 瀕死からの回復に重ねて

推定生後4カ月。現在は1.6キロまで回復しました。名前は「禰豆子(ねずこ)」。『鬼滅の刃』で瀕死から回復したキャラクターにちなんで名付けたといいます。

「たくさん寝て、元気になってくれればと願いました」

退院直後は小声でシャーシャー言っていたものの、今では人も猫も子どもも大好きな甘えん坊。黒猫のサンジくんと一緒に家中を走り回る姿も見られるようになりました。

■「サンジはいつでも優しいね」

家に来てすぐ、黒猫のサンジくんが面倒を見てくれました。暗い場所に隠れると、サンジくんが「こっちだよ」と連れ出してくれる。その優しさに禰豆子もすぐ懐いたそうです。

レイジュちゃんとは最初シャーシャーしていましたが、3日で一緒にごはんを食べられる関係に。子どもたち(もうすぐ4歳の双子)も積極的にお世話を手伝っています。まるで何年も前から家族だったかのように、自然になじんでいます。

■「購入よりも、保護という選択肢を」

「命を救ってくれてありがとう」
「パパさん保護してくれてありがとう」
「初めてのごはんは美味しかっただろうなぁ」

投稿には、感謝と感動の声が多数寄せられました。

にゃんこ先生familyさんはこう語ります。

「購入よりも、保護の選択肢が広まってほしい」

さらに、外猫問題についても強く訴えます。

「ごはんをあげるだけでは増え続けてしまう命。TNRを行い、これ以上不幸な命を増やさないことが重要だと思います」

真冬の国道で倒れていた小さな命。48時間、72時間と回復の軌跡をたどり、今では家族の一員として、あたたかな枕の上で眠っています。

「生きててくれてありがとう」

その言葉の重みが、画面越しにも伝わってきます。

(まいどなニュース特約・渡辺 晴子)