晩年は耳をふさぎたくなるようなヘイトワードばかり発していた父 『ネット右翼になった父』(漫画:とあるアラ子/原作:鈴木大介)/KADOKAWA より
晩年は耳をふさぎたくなるようなヘイトワードばかり発していた父 『ネット右翼になった父』(漫画:とあるアラ子/原作:鈴木大介)/KADOKAWA より

近ごろはスマートフォンやネットにつながったテレビの普及により、幅広い年代の人が動画配信サイトに触れる機会が多くなりました。しかし、動画によって思想が変わる・極端になるといったことも問題視されているようです。

原作・鈴木大介さん、漫画・とあるアラ子さんの作品『ネット右翼になった父』は、原作者の父を描いたノンフィクションのコミカライズ作品です。原作の書籍は、2024年新書大賞第5位に選ばれるなど大きな注目を集めました。

※本記事はコミック版『ネット右翼になった父』(漫画:とあるアラ子/原作:鈴木大介)より一部抜粋・編集してお届けします。

令和元年のこと、作者の父は亡くなります。そのとき作者は、周囲が悲しんでいるにもかかわらず、感情があまり揺れ動きませんでした。それは生前、父とは『絶対に相容れない価値観』を感じていたからでした。しかし作者にとって、父は好きにはなれなくても大事な人だったのです。

生前の父は博打も深酒もしない、典型的な昭和の会社員でした。また好奇心の塊だったため、退職後は中国に語学留学したり、ハングル文字を勉強していたこともあったそうです。そんな父は、常日ごろから「分からないことをそのままにするな。当たり前を鵜呑みにするのもだめだぞ」と、作者に言い聞かせてきました。

そんな父の信条はいつしか作者の価値観につながり、現在作者がルポライターとなるきっかけにもなります。しかし、気付けば父はがんとともに、心もヘイトに蝕まれていきました。

それはある日、作者が実家に帰ったときのことです。部屋に入ると、父は椅子に座りながらノートパソコンで動画を流しています。壊れかけのノートパソコンには「差別だ!配慮しろ!」「働きもせず税金で守られて…」といったヘイト動画であふれかえっていました。

父の姿に衝撃を受けた作者は、その変貌の理由を考察します。そして、『古きよき日本』を愛していた父が抱えていた喪失感が、商業右翼コンテンツによって『怒り』にすり替えられてしまったのではないかと推察しました。

作者は「父は右翼ビジネスに汚染されたんだ!悔しい!」という思いを胸に、父の死後2カ月が経ったときに『亡き父は晩年なぜ「ネット右翼」になってしまったのか』という記事を寄稿します。するとSNSでも大きな話題となり、「うちの親も急に右傾化して…」という反響が多く寄せられました。

そんなある日、作者はメディアの取材にて、父が右傾化したのはいつごろからかと尋ねられます。作者はその場では父ががんになってからと答えますが、本当にそうだろうかと考えました。もともと父は、中国に留学し、ハングルを勉強していたような人です。作者は「判断力を失い、商業右翼に取り込まれた」以外の理由があるのではないかと思い、もう一度父と真正面から向き合って検証してみようと決意するのでした。

まずは父の壊れかけたノートパソコンを開くと、そこには耳をふさぎたいような内容ばかり入っていました。これをみながら、作者は「ネット右翼」とは結局なんなのか、父は本当に「ネット右翼」だったのかと考えます。

母によると、父は「リタイア後は台湾かタイに移住したい」と本気で話していたそうです。父にとって台湾やタイは昔の日本と同じ空気が残っており、ヘイトまみれになった晩年でも楽しそうに思い出を語っていたといいます。そこで作者は、父は『失われた日本』への喪失感を抱えていたのだろうと推察しました。

しかし作者は、深掘りすればするほど父という存在が分からなくなるだけではなく、自分が父を知らないということに気付かされます。そこで、父の育った時代背景を知るべく、作者は父の弟(叔父)のもとを訪ねました。

父の高校時代は学生運動が盛んで、「左翼にあらずんば人でなし」という言葉まであったといいます。しかし父は、考え方ひとつに決めつけて、それ以外を認めない風潮が嫌だったのか、左翼運動には入らなかったそうです。淡々と話す叔父の言葉から、父の生きた時代の雰囲気や思考が、徐々に浮き彫りになってゆくのでした。

「ネット右翼」と父の正体に迫る同作について、原作者の鈴木大介さんに話を聞きました。

■怒りから戸惑いといった心理の推移をリアルに感じてくれたら

--もともと書籍として発表された『ネット右翼になった父』ですが、コミカライズに至ったきっかけについて教えてください

続編となる新刊『リベラル疲れ』の刊行にあたって、活字離れのなかでより手に取りやすいコミカライズの形で『ネット右翼になった父』を読んでいただきたいと願ったため、今回コミカライズの運びとなりました。

--漫画として表現するにあたり、鈴木先生からリクエストされたことや、キャラクターの描写などでこだわった部分はありますか

『ネット右翼になった父』は、企画段階では「正月に実家に帰ったら父親が「ネット右翼」になっていた」といった昨今のあるある事案に対し、親世代を醜く右傾化させる犯人探しをしてつるし上げたい、という怒りの衝動が背景にありました。

が、実際には父の周辺を取材すればするほど、父の生前の言動を検証すればするほどに犯人は見えなくなり、人の価値観を形成する複雑な体験や感情が見えてきました。検証する僕自身の、怒りから戸惑いといった心理の推移がリアルに描かれてくれればと願いました。

なお、基本的にコミカライズの際、とあるアラ子さんを信頼して指名しており、基本はアラ子さんの思う作品解釈を描いてほしいと願っていたため、強くリクエストを加えたのは終盤です。

--漫画化をきっかけに、この作品を特にどのような方に読んでいただきたいですか

親兄弟やパートナー、友人といった、私的な手の届く範囲の大切な人が、いつの間にか自分の受け入れがたいような、偏ったイデオロギーやヘイトを口にするようになってしまった方に読んでいただきたいです。私的な分断への処方箋となってくれたら、ありがたいと思っています。

なお、『ネット右翼になった父』は、我々世代の親世代(焼け跡世代~団塊世代)との分断をターゲットにしていますが、全世代との「半径5メートルの分断」を解消する処方箋として、父同様に政治的発言を理由に疎遠になっていた古い友人や先輩などと対話再開をトライアルした新刊『リベラル疲れ』(中央公論ラクレ)もぜひ。

(海川 まこと/漫画収集家)