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復興へ 第18部 この国 震災3年の決算

(7-2)インタビュー 数値目標設定果たせず
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今こそ進取の気性発揮を
 元復興委員会委員 堺屋太一さんに聞く

 震災から三年が経過したものの、本格復興へとなかなか踏み出せない被災地経済。政府の阪神・淡路復興委員会委員として、経済復興について積極的に発言し、通産省在職当時は、沖縄返還時の沖縄復興計画にも携わった作家の堺屋太一氏に、当時の論議と、今後の方向性を聞いた。

-復興委員会の委員になったいきさつから
 「震災当日の午後四時、官邸で村山総理にお目にかかった。十九日、自民党の小渕副総裁に『関東大震災の時のような復興院をつくらないと』と話すと、副総裁は了承して動いた。最初は復興本部をかなりの規模でつくろうとしたが、いろんな抵抗があって、復興委員会の形になった」

-規模とは
 「沖縄開発庁や、北海道開発庁のように、各省庁から人を引き抜いて。しかし、政府というか、役人は通常ベースでやりたいと。そこには、被害規模を小さく見せようとする動きがあった。動揺の沈静化や、政府の国際的信用などを配慮したのだと思う」

-委員会の論議を総括してほしい
 「議論の入り口で、沖縄振興法のように被災地域の復興法をつくろうと主張した。仕掛けをして特例を入れろと。しかし、霞が関は、通常の事故なんだからという認識だった。自衛隊や米軍艦艇の受け入れに戸惑った地元の対応も、国に切迫感を与えられず、結局、国家の政治的問題にまで発展しなかった。そこから特別対応という言葉はなかなか出てこない」

-沖縄と震災では枠組みが違う、ということか
 「沖縄は振興法をつくったように全体から議論に入ったが、震災は住宅や港湾など個別案件の解決策から論じた。事故だと言い出したから、そういう形になった。自治体の組織も、縦割りの中で、総合救済事業より、個別業界事業に偏ったシステムになっている。県庁のそれぞれの部が個別に各省庁と相談するようにね」

-委員会の中で、経済復興の数値目標を掲げるよう発言しているが、国の方針には入らなかった
 「最も不満な点だ。沖縄の時は人口を減らすなという至上命題の下、計画に数値目標を組み込んだ。震災でも、製造、建設、観光など目標をつくれと主張した。被害の甚大さや、従来抱えていた構造的な問題から、すべてをプラスにするには無理な分野もあった。しかし、数値目標がないために是が非でもプロジェクトを立ち上げて目標を達成する気迫が国になくなってしまった。検討、検討で引きずっている」

-今の復興の歩みをどう見ているか
 「これからの経済復興に必要なのは観光だ。今、被災地に人々が訪れたくなるような名所を百カ所つくろうと、実行委員長を引き受けている。地元からは、早く百カ所決めてくれ、という声が出ているが、数合わせで終わらせたくない。世界に誇れるものを創(つく)り、実際に人が集まる結果を出す方向に持っていかなければならない」
 「神戸には進取の気性がありながら、復興では必ずしも生かされていないように思える。二十世紀のハイカラ都市を、二十一世紀でもそう呼べるようにしなければならない。神戸を震災の悲しい街にしてはならない」

1998/1/21

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