神戸商工会議所の川崎博也会頭(神戸製鋼所特任顧問)が今夏、ベトナムを訪問した。同国と神戸の経済交流を促進するのが目的で、その際、自身の似顔絵の刺しゅうが入った木製の名刺を現地の要人に手渡した。神戸市長田区の中小企業2社が共同製作した特注品。両社の技術力にほれ込んだ川崎氏のアイデアで製作が決まった。川崎氏は国内外の訪問先でこの名刺を配っており、神戸のPRに一役買っている。
今年7月、ベトナムの首都ハノイ。川崎氏は同国最大の経済団体「ベトナム商工連盟」のグエン・カン・ビン副会頭と会談した際、木製名刺を手渡した。
名刺は薄さ0・5ミリ。かんなくずに川崎氏がほほ笑む似顔絵を刺しゅうし、兵庫県産木材のシートと貼り合わせた後、レーザー光線で名前などを微細加工した。「刺しゅうが入った木製名刺は、おそらく他にないのでは」と関係者は語る。
刺しゅうを担当したのは、1933(昭和8)年創業の金川刺繍(神戸市長田区)。かつては大手子ども服メーカーの製品を手がけ、現在はオンラインサイト「刺繍.com」を運営する。
金川誠司社長は「木に刺しゅうしたのは初めて。布の生地に比べて、数十倍は手間がかかった」と笑う。薄いかんなくずは反り返りやすく、伸ばす作業が必要な上に、表面が割れることもある。試行錯誤の末に完成させたという。
レーザー加工を担ったのは、95年に発足した機械設計のエム・エム・エス(同)だ。2017年ごろに新規事業として「神戸レーザーファクトリー」を立ち上げ、木やアクリル板などに彫刻するサービスを始めた。
同社によると、刺しゅうされたかんなくずは薄いため、レーザーで熱を当て過ぎると穴が開いたり、焦げて「やに」が出たりしてしまう。高度で微細な加工技術が求められたという。
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特製名刺ができるきっかけは今年1月、長田区や兵庫区の町工場などを一般公開し、設備などに触れてもらうイベント「開工神戸」だった。神商議や神戸市などでつくる実行委員会が昨年から開き、33社が参加した。川崎氏も精力的に工場を回った。
「この技術はすごい」。川崎氏が特に長い間、足を止めたのが、両社の工場だった。神鋼では製鉄所の設備を担当するエンジニアとして実績を積み、加古川製鉄所副所長などを務めた。ものづくりの最前線に身を置いた経験から「神戸ならではの誇れる技術だ」と確信したという。
川崎氏のアイデアで生まれた唯一無二の名刺。「神戸空港を通じた経済交流の拡大」を目指し、国内外の経済団体を次々に訪問する同氏にとって、コミュニケーションのきっかけになる重要アイテムになっている。(高見雄樹)