兵庫県知事選、告発文書問題に関連した誹謗中傷や出処不明の情報が交流サイト(SNS)上で広がり、亡くなった竹内英明・前県議に対する誤情報もあふれている。2020年、出演したテレビ番組を巡ってSNS上で中傷され自死した女子プロレスラー木村花さん=当時(22)=の母である響子さん(47)に、自身と娘の経験を踏まえ、SNSの投稿で誹謗中傷被害に遭うことの苦しさ、行政やメディアのあり方、法整備の問題点などを聞いた。
■辛さをわかってもらえない絶望感
今のSNSを取り巻く状況として、言葉の刃(やいば)によって人の命が奪われることがあり、私はそれを「心の殺人」だと思っている。
誹謗中傷によって心はすぐに壊されていく。家から出られなくなってしまったり、何もできなくなってしまったりする。私は周囲からSNSを「見なければいい」「気にしちゃ負けだよ」との言葉をかけられ、自分の辛さをわかってもらえないんだと絶望した。
誹謗中傷を受けるとすごく怖いし、いつ自分に関するデマが流されるかもわからない。家族に対して殺害予告があるかもしれないと思った時に見ないでいられますか? やはり見ちゃう。怖いから。
そうするとSNSを見る時間が増え、見ていなくてもSNSのことを考えてしまう。リアルな時間がどんどん減り、SNSとリアルがすり替えられてしまう。SNSはどこまでいってもSNSでしかない。実生活で温かさを感じる時間を増やしてほしい。
■誹謗中傷が起こることは想定できた
元西播磨県民局長の告発文書を調べる県議会の文書問題調査特別委員会(百条委員会)に対して、誹謗中傷が起こることは想定できたのではないか。その上で、委員に対する相談窓口やメンタルケアの体制も手厚く用意したほうがよかったと思う。悪意のあるものからどのようにして支え合いながら守るかを考えないといけない。
政治団体「NHKから国民を守る党」の立花孝志氏は、自死した竹内氏について、SNSや動画投稿サイトで「県警の任意の取り調べを受けていた」「近く逮捕される予定だった」という趣旨の発信をし、県警はこれを完全否定した。
斎藤元彦知事は選挙戦で、立花氏から支援を公言された。大きな権力や影響力を持つからこそ、まずは人権や誹謗中傷とは何かをしっかり学んでもらいたい。
その上で、立花氏の責任を追及するべきだ。自分にとってメリットかデメリットかを考えるのではなく、県民に選ばれた立場だからこそ、公平性や一人一人の人権を大事にしてほしい。
■選挙報道の公平性が奪われている
知事選期間中にもデマや誹謗中傷があふれた。メディアは選挙の公平性を考え、報道できなかったことがあると思う。でも、そんな状態こそ公平性が奪われていると言えるのではないか。「裏を取れないと伝えられない」というのはもちろん理解している。でも、人々がフェイクニュースや、不確かな情報に振り回されないように警鐘を鳴らすことができたのではないか。
また報道現場にもリテラシーを欠く人は多い。特に花の死を巡る報道では、自死についての(世界保健機関などの)ガイドラインが存在していたが、全く守られずに、場所や方法、花が残した手紙の内容を報道された。花や家族の尊厳が踏みにじられた。
見出しも目を引くために過激なタイトルにされることもある。実際、私が尼崎市で講演した際に、とある新聞は「自殺した木村花さんの母講演」のような見出しを付けた。自死遺族は「自殺」という言葉にすらショックを受けることがある。
ガイドラインを読み込んでから取材をしているという記者も少ない。メディアができることはまだまだたくさんあると思う。
■批判と誹謗中傷のグレーゾーン
花が亡くなったのを機に、2022年の改正刑法で「侮辱罪」が厳罰化され、「拘留(30日未満)か科料(1万円未満)」とされていた法定刑に「1年以下の懲役・禁錮または30万円以下の罰金」が追加されたが、とても厳罰とは思えない内容で、まだまだ整備が必要だ。
日本ではプラットフォームの責任は問われず、対処法も削除要請などと限定的だ。ドイツでは人権侵害の投稿に関して、24時間以内に削除しないとプラットフォーム側に高額な罰金が発生するなど、かなり強い法律がある。
誹謗中傷は誰に対してもしてはいけないが、批判と誹謗中傷の違いはグレーゾーンになっている。例えば「死ね」という言葉はだめでも、ほかの言葉については「言論の自由」の範囲内かどうかというような問題も出てくる。
そのグレーゾーンを狭める必要があるのではないか。根拠のないデマに対しても発信者とプラットフォームを取り締まる法律が必要だ。現時点では法律がSNSに追い付いていない。
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響子さんは現在、SNSの被害者、加害者を減らすためにNPO法人「リメンバーハナ」を立ち上げ、啓発講演や学校での授業などを全国で行っている。同法人ホームページ(http://rememberhana.com)