価値観が変わったという植木政行さん。児童を見つめる目が優しい=丹波市青垣町佐治
価値観が変わったという植木政行さん。児童を見つめる目が優しい=丹波市青垣町佐治

 誰かが誰かをしかる声が聞こえてくる。すると、自閉スペクトラム症の山本幹太(かんた)さん(22)が「あのう」と間に入り、必ず責められている方に助け舟を出す。

 家庭でも学校でも、叱責(しっせき)や口論の仲裁をするのは昔から変わらない。幼い頃は大泣きすることで、いさかいを強制的に終わらせた。

 丹波市立青垣小学校で校長を務める植木政行さん(58)は、そんな幹太さんに価値観を変えられた一人だ。幹太さんが小学2年の時、初めて特別支援学級を受け持った。最初は在籍児童がほかにおらず、毎日幹太さんと1対1で過ごした。

 現在の柔和な表情からは想像できないが、当時は「体育会系の怖い先生」で通っていた。

 ある夏の日、休み時間が終わっても運動場に残っている児童がいた。「何しているんや!」。植木さんが教室から大声で注意すると、そばにいた幹太さんが叫び、泣いた。「どうして先生は僕の友達をいじめるんだよう!」。そんなふうに子どもから感情をぶつけられたことはなく、戸惑った。

 植木さんは子ども時代、テレビで熱血教師が登場する学園ドラマを見て育った。恩師も厳しいところがある先生だった。既に職場では中堅どころ。自らの役目は、子どもたちの「引き締め役」だと思っていた。

 「あの頃は、子どもの間違いを正すという気持ちが強かったんです」

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 だが、そんなやり方は幹太さんには全く通用しない。例えば、体育の授業。幹太さんは着替えの段階でつまずいた。嫌がるのを無視して一方的に指示したり、無理にせかしたりすると、動かなくなるか、その場から逃れようとした。

 植木さんには大きな挫折だった。それまで教師として児童をうまく指導しているとの自負があった。「日々、自分の価値観が壊されていく。じんましんが出たこともあった」。結局、自分が変わるしかなかった。

 とにかく幹太さんの「じゃあ、やってみようかな」との言葉を待った。着替え、掃除、体操、身体測定。どれも動作を細かく分け、できることから取り組んだ。傍らにいて、イラストを使ったり、お手本を示したりして、日々の小さな挑戦を応援した。

 やがて小さな口から漏れる「できた…」のひと言。「その声を聞くと、『この子はこの子らしく、でいいんだ』と思えました」

 一方、自分はどうか。無理して厳しい熱血教師を演じていたのではないか。疑問が膨らんでいった。

 植木さんは3年の特別支援学級、4、6年の通常学級でも幹太さんの担任を務めた。ほかの子どもたちに対しても、できるだけ本人の意思を尊重するよう改めた。良くない行動をした時も、背景にある気持ちを思いやるよう心がけた。

 時折「怖い植木先生」が顔を出しそうになると、傍らの幹太さんが「先生、ダメだよ」と手を添えて制止してくれた。「今でも幹太さんの見えない手が制止してくれている気がします」と恥ずかしそうに言う。

 近年は熱血教師時代の教え子たちが親となり、学校行事に参加するようになった。植木さんを見て、彼らは驚くのだそうだ。

 「本当に植木先生なの?」(那谷享平)

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