常に不安そうな新人(まるいがんもさん提供)
常に不安そうな新人(まるいがんもさん提供)

日々の生活のなかで「自分は向いていない」「人前で話すのが怖い」などの苦手意識という名の“呪い”に縛られ、自信を失ってしまうことは少なくありません。まるいがんもさんの描く『緊張しないおまじないがガッツリ効いた人の話』は、そんな臆病な背中を、優しさと少しの「嘘」で押し出してくれる温かな作品です。

とある会社に花巣野(はなすの)が中途入社してきます。彼女は人と話すのが苦手で、上司の柔木(やわらぎ)や同僚の真締(まじめ)と一緒に営業に回っても、緊張のあまり話すことができません。

そんな彼女を心配した柔木は、喫茶店に誘い彼女の本音に耳を傾けます。すると花巣野は、本当は事務職を希望していたのですが、面接の流れで営業職に配属されてしまったことを話します。また、「営業に向いていない」と叱られた過去のトラウマから、「自分は喋ってはいけない人間」と深く自信喪失していたのです。

そんな彼女を見て、真締と柔木は「彼女は“話すのが苦手”という呪いにかかっている」と分析します。外から励ますだけでなく、彼女自身に成功体験が必要と考えた真締は、席に戻ってきた花巣野に、ある「おまじない」を伝授します。

それは、手のひらに「人」という字を3回書いて飲み込むという、誰もが知る有名な方法でした。しかし真締が語ったその由来は驚くべきものでした。彼は「実は三国志の時代、敵の武将と一騎打ちすることになった際、緊張に打ち勝つために、1.強い人、2.自信のある人、3.弱い自分、の3人を自分の中に取り込んで克服した逸話がある」と話したのです。

その壮大な物語を信じた花巣野は、瞳を輝かせ「私もやってみます!」とやる気を取り戻します。しかし彼女がいなくなった後、真締は柔木に「あれは嘘八百です」と白状します。素直な彼女なら信じてくれるはず、それがいつか彼女の力になればという、彼なりの優しい嘘だったのです。

その後、花巣野は社長から急な代打で得意先へ向かうよう命じられます。不安に押しつぶされそうになった彼女を救ったのは、あの「嘘のおまじない」でした。三国志の英雄を思い描き、手のひらの「人」を飲み込んで扉を開けた花巣野は、見事に営業を成功させます。

「おまじないのおかげです!」と喜ぶ彼女の笑顔を見て、柔木はあの話が嘘だったことは一生秘密にしておこうと心に決めるのでした。

同作について、作者のまるいがんもさんに詳しく話を聞きました。

■優しい嘘を明かさない結末に込めた想い

ー同作の着想のもとになったエピソードなどはあったのでしょうか?

若い頃、会社に入ったばっかりの時の自分がこんな感じだったなぁというのをふと思い出したのがきっかけです。何か聞かれたら間違ったことを言ってはいけない、と思い込んでてその正解を探すのに実際返答するまで時間がかかってしまうことがよくありました。ある意味そういうことは作品の中では「呪い」と書きましたが、あると思います。

ー人を前向きにするための“優しい嘘”について、まるいがんも様ご自身はどのようにお考えですか?

アリだと思っていますし、実際そういう嘘を言ってしまうシチュエーションは稀にですがあります。作品の中の嘘とはちょっとずれますが、真実を伝えるのか悩んだ時は嘘を言うこともあります。例えば言われた人が真実を伝えたら傷つくような時などですね。ある意味それが「逃げ」となることもあると思いますが、僕がそれを伝える役目ではないと思ったら知っていても知らないと言ってしまいますね。

ー作中では、最後に「嘘だったことを伝えない」という選択が描かれていましたが、この結末にはどのような思いが込められていますか?

これは柔木さんの優しさというか性格の部分ですね。真実を花巣野さんに伝えると花巣野さんもガッカリしたりショックを受けるかもしれないし、真締くんも嘘つきだとなってしまう。それにせっかく花巣野さんが信じて上手くいってるのを壊したくない、という優しさです。

ー気持ちの持ちようによって結果は変わるものだと思われますか?

変わると思います。気持ちの持ちようによって行動が変わるはずなのでその結果も当然変わると。真締はそれを願って平気な顔をして嘘をつくという機転を効かせた話になっています。

(海川 まこと/漫画収集家)