■師匠陣ら街へ先導「芸の肥やし」に
現在、上方落語を毎日上演する定席の「神戸新開地・喜楽館」(神戸市兵庫区)。そのほぼ向かいに、1976(昭和51)年まで同じく定席の演芸場「神戸松竹座」があった。聚楽館(しゅうらくかん)とともに戦火を免れ、戦後は映画館になったが、58(同33)年からは漫才や音楽ショー、落語を上演した。
「当時は人気の漫才の合間に落語。今の定席とは逆やった」。上方落語界の最古参、桂福団治(84)が振り返る。3階まで計1200席。公演は朝昼晩とあり、それぞれ3時間半ある。だが各10枠のうち落語は2枠のみで、若手のあとに桂春団治(三代目)や桂米朝、笑福亭松鶴ら師匠陣が聞かせ、番組のトリは漫才トリオのかしまし娘や横山ホットブラザーズら売れっ子が担った。「観客の層は厚く、演芸通がそろっていた」と懐かしむ。























