自宅に予兆電話(アポ電)がかかってきた後、「受け子」が現れ、キャッシュカードをだまし取られる被害が、神戸市灘区内で相次いでいる。特殊詐欺の中でも「詐欺盗」と呼ばれる手口。「同じように悔しい思いをする人を出したくない」。被害に遭った女性(86)=同区=が当時のことを語ってくれた。(大高 碧)
1月30日午後0時40分ごろ、女性宅の固定電話が鳴った。「灘署生活安全課の田中です」。受話器から聞こえるのは男の声。これまで警察からの電話を受けたことがなかった女性は、驚きを抑えて応対した。
「大阪でお宅の口座からお金が引き出されています。後ほど、県警の者から電話がありますので」。身に覚えがなく戸惑ったが、じっくり考える時間はなかった。5分後、再び電話があった。
「大変なことになりましたなぁ…」。今度は「県警の矢島」を名乗る男だった。不安でいっぱいの女性に「捜査するので安心してください」と優しく、丁寧に状況を説明してきたという。
キャッシュカードを悪用されないように利用を停止する手続きが必要-。「矢島」に言葉巧みに促され、女性は自宅にあるカード計5枚分の暗証番号を伝えてしまった。
「県警の者が自宅にカードを確認にいきます」。電話を終えて程なくすると、インターホンが鳴った。玄関先には若くて小柄な男が立っていた。女性は疑いもあったため「警察手帳を見せてください」とお願いすると、男は「野村」と名乗り、手帳を出して信用させたという。
女性は言われるまま、カード5枚を渡し、はさみも貸した。「野村」が封筒に入ったカードをはさみで切る動きを見せたことで、女性はカードが切断されたと勘違いしてしまった。
「野村」がカードを持ち帰った10分後、女性は帰宅した娘に経緯を話し、詐欺に遭ったと気がついたという。すぐに金融機関に連絡したものの、カード5枚から現金計250万円が引き出されていた。「野村」は受け子役で、実際にカードを切断したわけではなかった。
「お母さんみたいにちゃんとしてる人が何でだまされたん」。家族みんなも信じられずにいた。「まさか自分が」「情けない」。女性は自分を責めた。後悔は尽きず、眠れない日が続いた。そんな女性の様子を家族も案じ「命があっただけまし」と励ましたという。
灘署によると、灘区内の特殊詐欺発生件数は1~7月末までで29件。そのうち13件が「詐欺盗」の手口で、すでに昨年1年間の11件を上回っているという。同署の山下晋平生活安全課長(49)は「『お金』や『カード』の話が出れば電話を切ってすぐに署に相談して」と注意を促している。