終戦直後に撮影された東亜金属工業土山工場(現TOYOイノベックス)の空撮。手前に白く見える空き地が空襲の跡だ(東洋機械金属六十年史より引用)
終戦直後に撮影された東亜金属工業土山工場(現TOYOイノベックス)の空撮。手前に白く見える空き地が空襲の跡だ(東洋機械金属六十年史より引用)

 明石市二見沖に停泊中だった練習船「進徳丸」が激しい銃撃を受けた1945(昭和20)年7月24日。この日、二見地区では山陽電車への機銃掃射もあった。東二見駅(二見町東二見)に停車中の電車が航空機から銃撃を受け、多くの死傷者が出たとみられる。

 戦後50年の節目となった95年に明石ペンクラブが発行した作品集「明石大門」には、当時の状況が克明に記された寄稿がある。「明石空襲を記録する会」の牛尾延登さんが、自身の体験や集めた証言をまとめたものだ。