ドクターヘリで運ばれてきた患者を運び入れる病院スタッフら=加古川市神野町神野、加古川医療センター
ドクターヘリで運ばれてきた患者を運び入れる病院スタッフら=加古川市神野町神野、加古川医療センター

 病院内で行われる朝礼なのに、医療とは程遠い会話が交わされていた。

 「山の方にかけて、ちょっと雷の発生確率が高めに出ています」「今は県外も含めて運航制限なしですか。福知山とか岡山とか」

 7月7日午前8時半。加古川医療センター(県加古)1階にある、こぢんまりとしたドクターヘリ(ドクヘリ)運航管理室に、職員ら6人が集まっていた。県加古はドクヘリの基地病院。広い県域を2機のヘリで分担している。

 気象状況や飛行区域の確認を終えると、医師らはヘリに移動し、医療資機材を一つ一つ点検した。

 同10時半ごろ、神河町にいる80代女性に心筋梗塞の可能性があると救急隊から要請が入る。救急科の宮崎大(だい)医師らがヘリで同町の合流地点に向かい、緊急性が高いと判断。心臓疾患に強いはりま姫路総合医療センターに搬送した。

兵庫県立加古川医療センター

 ドクヘリは、病院収支とは別の関西広域連合の補助金で運航されている。2024年度の支出総額は約3億2200万円。同年度に搬送した576件で単純に割ると、1件あたりの搬送費用は約56万円と高額だ。搬送を終え、県加古に戻った宮崎医師に「合流地点まで救急車で来ているなら、そのまま姫路に向かってもいいのでは」と尋ねた。

 「救急車だと1時間~1時間半かかるが、ヘリなら15分。現場にいち早く医療者を投入できるだけでなく、搬送手段としても空路は有用だ」。宮崎医師は続けた。「救急車の保有台数が少ない自治体では、遠方の病院に走らせると、地域で救急車がない時間帯が生まれる恐れもある」

 ただ、ドクヘリは患者を県加古だけに運ぶわけではない。本業である病院収支は同年度、約15億円の経常赤字を出した。専門家による経営対策委員会の提言を受けて本年度、全353の病床中、46床を休止。それでも収支が改善しなければ28年度からさらに41床の休止を視野に入れる。

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■「最後の砦」患者ニーズ再考

 加古川医療センター(県加古)が、突然騒がしくなった。午後6時21分。佐野秀(しげる)救命救急センター長に話を聞いている最中だった。

 「コード救急、コード救急。HCUリカバリー」

 暗号のような放送で職員が一斉に動き出す。「参集可能な医療職員は指定場所へ即座に向かえ」-との緊急通知という。HCUリカバリーは、手術直後の患者の経過観察をする場所だ。

 「Aライン、Aライン」「ガスのキットありますか」…。当該ベッドに足の踏み場もないほど人が集まり、忙しく動いていた。男性患者の容体が急変したようだ。ベッドがICU(集中治療室)に移された。

 その20分後、転落して足が動かなくなった70代女性がドクターヘリで搬送されてきた。さらに5分後、救急車も到着。隣り合うベッドで、ドクヘリ患者に6人、救急車の患者に4人で対応した。佐野センター長も応援に入る。ICUでは、先ほど移された患者の処置が続いていた。

 同センターは17人の医師がいる大所帯だが、それでも人繰りが難しい。患者数が少ないときでも態勢を維持しなくてはならないからコストがかかる。

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 一方、その同じ建物の一角とは思えないほどの静けさだった。6階に今春できた、パーキンソン病のリハビリなどを担う神経難病センターだ。

 歩行器で廊下をゆっくり歩く高齢者。医師やリハビリ担当の職員が医学的に評価する。「安定して歩けるようになっていますね」。進捗(しんちょく)や課題が説明される。

 車がないと通院しにくい県加古は、アクセス面が課題だ。加古川市の中心部に2016年に開院した加古川中央市民病院など、近年周辺に巨大な拠点病院が次々と新設され、各診療科の経営は厳しさが増した。

 田中宏和院長は「診療報酬が上がらない限り、病院全体の黒字化は厳しい」と話す。今回の緊急経営改善策である46病床の休止も、看護師を削減して人件費を抑制するのが狙いだ。解雇ではなく、採用抑制によるものだが、病院職員の不安は察するに余りある。

 そこで病院は画期的な機能拡張に踏み出した。県加古が政策医療として元々掲げている神経難病に着目し、パーキンソン病のリハビリに本腰を入れるという。急性期病院では全国的に珍しい取り組みだ。

 歩き出す際にすくんでしまったり、表情が乏しくなったりする同疾患は高齢者に多く、有病率は65歳以上で100人に1人。高齢化社会では潜在的なニーズが大きい。

 「急性期病院にある利点は、リハビリ患者に他の疾患が見つかったり、病状が急変したりしたときに治療してもらえること」。脳神経内科の奥田志保部長は言う。出だしは好調で、同科の収益は前年度比で4月は2600万円、5月は850万円増えたという。

 病院の「常識」を見直し需要を取り込めるか-。県加古は今、正念場を迎えている。(霍見真一郎)