いのちをめぐる物語
神戸市須磨区で余命が短い患者らに最期の場所を提供する施設「看取(みと)りの家」の開設計画が頓挫したことについて、地元では、反対していた住民から安堵(あんど)の声が上がる一方、「この問題を勝った負けたで終わらせたらだめ」「死を見据えて生きるきっかけにしなければ」などと複雑な思いも聞かれる。高齢化の進行で「多死社会」が迫る中、平穏な最期をどう描き、それを周囲はどう支援するべきか。計画の頓挫は大きな課題を浮き彫りにした。(貝原加奈)
「その人らしく最期を迎えられる場所に」と、看取りの家の事業者が、須磨ニュータウンの一角で空き家を購入し、株式会社を設立したのは昨年夏。余命宣告を受けた患者5人ほどとその家族を受け入れ、利用者が望むサービスを介護・医療保険を利用せずに提供する計画だった。
しかし、昨秋に自治会関係者へ事業概要を伝えると、住民側は「日常的に死を目にしたくない」などと反対の意思を表明。「看取りの家はいらない」「断固反対」などと記したチラシを周辺の家に張り出すなど反対運動を展開し、事業者は5月に開設を断念した。
現在、チラシなどは撤去されており、近くの住民から「やっと穏やかに暮らせる」「ほっとした」との声が漏れる。60代女性は「亡くなっていく人のお世話は大事な仕事。でも暮らしの中に入ってこられると嫌なもの」として「やっぱり住宅地で開設するべきではない」と話した。
一方、80代男性は「勝った負けたの問題で終わらせたらいけない」と話す。頓挫の要因を「事業者が住民と親しむ前に走りだしたことが大きな間違いだった」と指摘。その上で「死からは逃れられない。住民側も自分たちの最期について考えるようにしないと」と述べた。
80代の女性は「必要な施設だが離れた場所につくってほしい。見える範囲でなければあってもいいというのが正直なところ」と胸の内を明かした。
地域の福祉施設の事情に詳しい甲南大学経済学部の石川路子教授(48)=地域経済学=は「在宅ケアが進んでいく中で、地域で死を迎えるためにはどうあるべきかを考えないといけない」と指摘。今回の断念については「事業者と住民がまちの将来について話し合う機会が持てなかったことが非常にもったいない。思いやり合えない今の社会の一端」とする。「これで終わりにせず、地域でどう死を受け入れていくのか、一から考えるきっかけにしてほしい」と強調した。
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