いのちをめぐる物語
難病の筋萎縮性側索硬化症(ALS)の女性患者に薬物を投与し、殺害したとして、8月中旬に医師の男2人が嘱託殺人の罪で起訴されました。この事件では女性のいのちの終(しま)い方に注目が集まり、「安楽死」や「尊厳死」といった言葉をよく耳にしました。最期まで希望を持って生きる。そのために、私たちにできる選択とは? 現状を調べてみました。(田中宏樹)
■難病、根本的な治療法なく
京都地検が8月に起訴した医師の男2人は、昨年11月にALS患者の女性の依頼を受け薬物を投与し、死亡させたとされます。女性は安楽死を望んでいたとされ、医師に現金130万円を振り込んでいました。
ALSとは、どのような病気なのでしょう。
ALSは厚生労働省指定の難病で、全身の筋肉が徐々にやせて力が入らなくなります。進行に伴い歩行や発話、呼吸が難しくなります。根本的な治療法は確立されていません。
全国の患者数は2018年度末で9805人(兵庫県内は約400人)で、患者に対して医療費の一部を助成する制度があります。人工呼吸器を着けて自宅で過ごす場合は、訪問看護にかかる費用について補助を受けることができます。
県内では県難病相談センター(尼崎市)や神戸難病相談室(神戸市中央区)のほか、各地域の保健所や県健康福祉事務所で相談を受け付けています。
■安楽死、合法の国も
今回の京都での事件のように、安楽死が問題となった事例は過去にもありました。
1991年には、神奈川県の病院で医師が末期がん患者に塩化カリウムなどを注射して死なせました。医師は殺人罪で起訴され、95年に執行猶予付きの有罪判決が確定しました。
判決では、医師による安楽死が許容される要件として、①耐え難い肉体的苦痛がある②死期が迫っている③苦痛緩和の方法を尽くし、他に手段がない④本人の意思表示がある-の4点を挙げています。
今回の事件後、インターネット上では安楽死に賛成したり、女性の選択に共感したりする投稿が相次ぎました。ただ、起訴された医師2人は女性の主治医ではなく、心身の状態をどこまで正確に把握できていたのか分かりません。有識者らは「安楽死か否かを問題にする以前の事案」との見解を示しています。
一方、海外では安楽死が法的に認められている国や地域があります。
オランダでは、医師が患者に致死薬を投与する「積極的安楽死」と、医師に処方された薬を患者が自ら飲む「自殺ほう助」を合法化しています。患者が付き合いの長い地域の家庭医(主治医)に要望し、一定の条件を満たせば実施が認められます。18年には約6千人が安楽死で命を終え、その数は10年間で倍以上に増えています。
また、「自殺ほう助」による安楽死を認めるスイスでは、外国人の希望者を受け入れる団体が活動しています。日本人が渡航し、現地で最期を迎えたケースもあります。
■家族と語り合う機会を
日本では近年、「尊厳死」という言葉が知られるようになりました。患者の意思に基づいて延命治療は控え、痛みなどの緩和ケアを十分に施しながら、自然な最期を目指すものです。
ただ、死が差し迫った段階になって、本人が延命治療を望んでいないのかどうかを確認しようとしても不可能です。そこで、厚生労働省は終末期に望む医療やケア、生活する上で大切にしたいことなどについて、日頃から家族や主治医、介護関係者らと話し合う「アドバンス・ケア・プランニング」(ACP)を促しています。
「ACP」ではなじみにくいので、厚労省は「人生会議」の愛称を付け、普及を図っています。
死について考えたり、話したりすることには抵抗があるかもしれません。けれども、どのような最期を迎えたいのか、身近な人と語り合うことが、自分らしい人生の終い方へとつながっていくのではないでしょうか。
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