いのちをめぐる物語
家で最期を迎える「在宅みとり率」が4割を超す島がある。約2千人が暮らす兵庫県姫路市家島町の坊勢島(ぼうぜじま)。島内唯一の診療所「市立ぼうぜ医院」の下宮一雄医師(58)が、2005~16年度の島内での総死亡数と、家でみとった件数を照らし合わせた結果、40%に達した。全国平均は1割強。坊勢島では島外に入院していても「最期は島で」と戻ってくる住民がいる。島で勤務して20年の下宮医師は「みとりは文化」と語る。(中島摩子)
自宅で亡くなる人の割合については、厚生労働省が16年、人口動態統計データを基にした全市区町村別の集計を初めて公表した。兵庫県内では、豊岡市が全国の中規模自治体でトップの25・6%。神戸市は政令指定都市1位の18・1%、坊勢島を含む姫路市は16・2%だった。
下宮医師によると、坊勢島では05年度からの12年間で327人が死去し、このうち131人が家で息を引き取った。全国集計とは期間などが異なるため、単純には比較できないものの、40%超という割合は他地域より明らかに高い。
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下宮医師は医大卒業後、兵庫県立病院2カ所で研修。当時は「医者は治療をやり切り、患者はやれることをやり切って死ぬもの」と考え、懸命に延命治療に取り組んだという。考えを変えるきっかけは、1988年から勤務した但馬・村岡町(現同県香美町)の診療所での体験だ。
連絡を受けて往診すると、親族が集まり、亡くなった人の胸に小刀が置いてあった。亡きがらに悪霊がつかないよう、小刀で守る文化だと知った。そして家族に囲まれた穏やかな最期があることを学んだ。
その後、柏原病院(現丹波医療センター)などを経て99年、坊勢島に赴任した。「島では家族や同学年の友人が助け合い親戚のよう。みとりも全員で支える雰囲気があった」と下宮医師。そんな島で「最期までその人らしく、苦しまず、家族も安心できる医療環境をつくりたい」と考え、終末期には毎日訪問し、身体的・精神的苦痛を和らげるケアを進める。
2016年2月、膵臓(すいぞう)がんのため82歳で亡くなった小林つゆ子さんは、もともと姫路市内の娘宅で療養していたが、亡くなる約2週間前に「坊勢にいにたい(帰りたい)」と訴え、家族が下宮医師に連絡した。延命治療は望まず、遺族は「最期は親族40人が囲み、孫、ひ孫が手を握った。充実した時間だった」と振り返る。
下宮医師はみとりの後、家族に手紙を書く。17年11月、腎臓がんにより72歳で亡くなった上田忠義さんの家族にも手紙が届いた。病気の経過をつづり、家族の介護をねぎらった上で「穏やかな温かい方でした。私も残念でとてもさみしい気持ちがしています」と記した。A4用紙2枚の手紙は、仏壇の引き出しに大切にしまってある。
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