いのちをめぐる物語
京都の筋萎縮性側索硬化症(ALS)の女性患者に、医師が薬物を投与したとされる嘱託殺人事件が明らかになってから、23日で1カ月がたつ。この間、インターネット上ではALS患者を「かわいそう」などとし、その生死に意見する書き込みが散見された。でも…、と思う。自分たちはどれほどALSのことを知っているのだろう。兵庫県に患者は約400人いる。西宮市と芦屋市に暮らす2人に会いに行った。(中島摩子)
■「口文字」で会話、大学で講義/米田晴美さん(68)=西宮市
8月上旬、最初に訪ねたのは、ALSを発症して20年目という米田晴美さん(68)だ。西宮市のマンション一室で、夫の裕治さん(69)と2人暮らし。晴美さんは、リビングの中央に置いたベッドの上から、笑顔で迎えてくれた。
指には、ヒマワリ柄のエメラルドグリーンのネイル。人工呼吸器の管には、きれいな布が巻いてある。壁には、裕治さんと応援に行ったプロ野球・広島カープのポスター、鑑賞した展覧会やコンサートのチラシがいくつも貼ってあった。
書家や絵描きとして活動し、3人の子育てに励んでいた晴美さんが発症したのは48歳の時。今、動かせるのは右手中指と親指、まぶた、眼球、唇などという。
口の動きで伝える「口文字」で会話をし、食事はのみ込みやすいよう工夫した料理を口から取る。市内に住む長女や孫、ヘルパーや理学療法士、看護師らが暮らしを支えている。
晴美さんに京都の事件をどう思うか聞いた。唾液が口からあふれるつらさなどは「分かる」と返ってきた。そして、「誰かがちゃんと、気づいてあげてほしかった」
晴美さんは今、兵庫医科大(西宮市)や武庫川女子大(同)などで、医師や看護師を目指す学生に講義をしている。「自分の存在が役に立てるなら」という思いからだ。ALSのイメージが変わった、などの感想が届く。
取材時も、大阪大医学部保健学科の学生が実習で訪れていた。晴美さんと一緒に約2時間過ごす。裕治さんは京都の事件に触れ、学生に「自分なりの考えを持ってほしい」と説いた。
晴美さんが大学の講義で使うレジュメを読ませてもらった。「私は『寝たきり』ではなく『寝たまま』です。寝たきりは、動きそうにないでしょ。私は寝たままで、頼み事をします。自分では何一つできません。でも、誰かの手さえ借りたら何でもできるのです」
裕治さんが言葉を添える。「生きやすい社会はみなさん次第ということです」
自発呼吸が難しくなるALS患者は、約7割が人工呼吸器をつけないと決め、亡くなっていくとされる。「生きるやんな?」という裕治さんの問いに「うん」と答えた晴美さんは、装着10年目を生きている。
◇ ◇
■多様な生き方に関心を/西村隆さん(60)=芦屋市
もう一人は、福祉施設の職員だった37歳の時、ALSを発症した芦屋市の西村隆さん(60)だ。妻と三男と暮らす自宅を訪ねると、隆さんは車いすに座り、パソコンに向かっていた。
「一番、言うことを聞いてくれる」という左足の指でスイッチを押し、パソコンを操る。文章は音声に変換される。
隆さんは取材に合わせ、文章を用意してくれていた。京都の事件について「連続する喪失(歩けない、食べられない、話せない)体験はまさに自尊心が崩壊する苦しみ。その苦しみはよく分かります」とつづられていた。
それでも、隆さんは、ほかのALS患者との出会いなどで「生きられる」と感じた、という。「気持ちを病気から引っぺがす。想像(妄想)力を鍛えてきました」とも。
事件後、ALS患者に対し「かわいそう」などの意見があることをどう思いますか、と質問した。
「少しでも触れ合えば、個性が分かるのに、最初につまずく」「多様な生き方、病気を含めて寛容で、関心を持ってほしい」-。パソコン画面に次々と、思いが刻まれていった。
【筋萎縮性側索硬化症(ALS)】 全身の筋肉が痩せて力がなくなっていく厚生労働省指定の神経難病。歩行や発話、嚥下(えんげ)、呼吸などが困難になるものの、体の感覚や視力、聴力、内臓の機能は保たれるとされる。詳しい原因は不明で、根本的な治療法は確立されていない。国内の患者数は2018年度末で9805人。進行速度には個人差がある。
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