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■「孤独」について 関西学院大の貴戸理恵教授に聞きました

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「『生きづらさ』を聴く」(日本評論社)の著者で、関西学院大社会学部の貴戸理恵教授=西宮市上ケ原一番町
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「『生きづらさ』を聴く」(日本評論社)の著者で、関西学院大社会学部の貴戸理恵教授=西宮市上ケ原一番町

 10月のテーマは「孤独」です。大阪市内で月1回開く「生きづらさからの当事者研究会(通称・づら研)」のコーディネーターで、関西学院大社会学部教授の貴戸理恵さん(45)に聞きました。孤独が社会課題としてクローズアップされる昨今、貴戸さんが提案する「生きづらさでつながる」とは-。

 -孤独に悩む人は多い?

 「かつては共同体の中で生きていたのが、現代は共同体のしがらみから解き放たれ、『自由に生きていい』と言われるようになりました。ただし、自己責任で、です。自由に能力を発揮してステップアップしていける人と、そうじゃない人の間に決定的な分断線が引かれています。すると漏れ落ちた人は、誰も自分と立場を共にしてくれないという孤立感を持ちやすくなります」

 「キノコのナメコで例えると、昔はもっと人間関係があってぬめっていましたが、今はぬめりがこそげ落ちて、丸裸でひりひりしている感じ。人はバラバラになりすぎると、個人で立っていられません」

 -どう対処すれば?

 「ぬめりの代わりに、能力や業績の鎧を着けている人もいますが、人はいつか老いるし、競争に勝ちきれない時期はきます。私は、丸裸になったナメコがぬめりをまとう上で、弱さや生きづらさを通じて人とつながる、という手だてがあっていいと思います。自分の生きづらさに目をこらし、人の生きづらさに想像をめぐらせる。私は弱さを持っている人の方が、人とのつながりに開かれている面もあると考えています」

 「手だての一つが、当事者の集まりなどに参加すること。8月のづら研は、15人ほどが参加し、寂しさの研究がテーマでした。誰かと一緒にご飯を食べたいといった一般的な寂しさもあれば、『1秒、1秒がたまらない。痛い』という耐え難い寂しさも。1人の時に寂しい、集団の中にいる時に寂しい、一方で寂しさを感じないなど、いろいろな捉え方がありました。そのような対話の中で、他者に共感したり、自分の状況や『本当にしたいこと』が見えてきたりするのだと思います」

 「自分一人で生きづらさに目をこらしていると、どうしても思考がグルグルと回ってしまいます。そうではなくて、集まりなどの場の中に“置く”。生きづらさや『ままならなさ』をうまく認めて、つながりの中でガス抜きし、抱えやすくしていきます。単純なゴールがあるわけではなく、葛藤や矛盾も多いけれど、それを問い続けるプロセスが、生きることかなと思います」(聞き手・中島摩子)

 ◆「づら研」は原則第3月曜日、13~17時、関西学院大大阪梅田キャンパス(大阪市北区茶屋町)にて(変更あり)。参加費300円。希望者はメール(communitas@foro.jp)で連絡する。

 

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