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“韋駄天”として特別公開されている持国天像=鶴林寺
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“韋駄天”として特別公開されている持国天像=鶴林寺
大正時代発刊の「寧楽古経選別冊」に掲載された韋駄天像(国立国会図書館デジタルコレクションから転載)
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大正時代発刊の「寧楽古経選別冊」に掲載された韋駄天像(国立国会図書館デジタルコレクションから転載)
江戸時代の書物「播州名所巡覧図絵」に記された「威(韋)駄天」の文字(国立国会図書館デジタルコレクションから転載)
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江戸時代の書物「播州名所巡覧図絵」に記された「威(韋)駄天」の文字(国立国会図書館デジタルコレクションから転載)
播州名所巡覧図絵で描かれた「刀太(田)山鶴林寺」(国立国会図書館デジタルコレクションから転載)
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播州名所巡覧図絵で描かれた「刀太(田)山鶴林寺」(国立国会図書館デジタルコレクションから転載)
東京五輪の聖火リレーで加古川市内の終着点となる鶴林寺=同市加古川町北在家
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東京五輪の聖火リレーで加古川市内の終着点となる鶴林寺=同市加古川町北在家

 兵庫県加古川市加古川町北在家にある天台宗の古刹・鶴林寺で、本堂の秘仏“韋駄天”像が特別公開されているという。実はこの像、本来は別の仏様で国指定重要文化財の持国天像なのだが、江戸時代の書物「播州名所巡覧図絵」では俊足で知られる韋駄天として紹介されており、同寺が市内の東京五輪聖火リレーの終着点となることから公開が企画された。でも、持国天と韋駄天はやっぱり違うような。なぜ、図絵では韋駄天と表記されたのだろう。

 ■先輩のお株を奪った

 同寺の茂渡俊慶住職(60)に疑問をぶつけると、首をかしげながら「理由は分かりませんが、両者は仏様としてのランクも派閥も違うんです」と話す。どういうこと?

 県立歴史博物館(姫路市)の社会教育推進専門員神戸佳文さん(63)によると、仏様の世界は悟りを開いた「如来」、修行中の「菩薩」、怒りの表情で必死に仏教の教えを説く「明王」、天界に住む神々「天」という四つのグループと、その他に分けられる。

 天に所属する持国天は、四天王の一員として東方に目を光らせる。一方の韋駄天は、四天王のうち南方が担当の増長天に仕える。つまり、図らずも先輩の同僚に取って代わったことになる。記者が「芸能界に例えたら、SMAP(スマップ)のメンバーの1人を、バックダンサーのジャニーズJr.(ジュニア)と置き換えたようなものでしょうか」とむちゃぶりすると、神戸さんは「そんな感じです」と答えた。

 ちなみに、四天王には他に、北方担当の多聞天と西方担当の広目天がいる。このうち多聞天は四天王に属しながら、「毘沙門天」として七福神にも籍を置く。神戸さんは「歌手の桑田佳祐さんがサザンオールスターズとは別に、KUWATA BAND(クワタバンド)として活動するようなものでしょうか」。茂渡住職も、薬師如来を姿が似ている釈迦如来に見立てる寺もあると教えてくれた。

 どうやら、仏様の世界では本来のグループ以外に属したり、違うポジションを担当したりしても、柔軟に自身の役割を果たすということは珍しいことではないようだ。そうだとしても、持国天を図絵で韋駄天に格下げするのは、やはり違和感が残る。

 ■口頭伝承が原因?

 そもそも図絵は、町人文化が発展した江戸後期の1804年、現在の大阪で発行された。全部で5巻あり、「播州」と銘打ちながら、約3割は摂津の名所を紹介している。神戸さんによると、大阪から播州へと旅をする人に、道中も楽しんでもらおうというテーマの観光雑誌だったそうだ。

 問題の記述をよく読むと、韋駄天の「韋」が「威」になっているではないか。神戸さんは「江戸時代の文章は当て字が多い。口頭伝承が多く、音さえ合っていれば意味が通じたのでしょう」と指摘する。挿絵でも「刀田山鶴林寺」とすべきところが「刀太山」となっていた。

 現代の新聞や雑誌では大問題になるが、もしかしたら、当時の記者が同寺関係者から聞き取った言葉を間違って記したのでは。神戸さんは「じこくてん、いだてん。同じ音は『てん』のみで、文字数も違うので可能性は低いですね」。

 ■あの仏師が携わった?

 図絵を読み込むと同寺の韋駄天(持国天)像は、なんと鎌倉時代に活躍し、東大寺南大門(奈良市)の国宝・金剛力士立像を手掛けた運慶の作となっていた。しかし、茂渡住職は「作風と造り方が違います」と、あっさり否定する。

 鶴林寺の持国天は、少し丸みを帯びていて、運慶の作風でもある質実剛健からはほど遠い。造り方も鎌倉時代には定着していた木のパーツを組み合わせる「寄せ木造り」ではなく、1本の原木から彫る古風な手法「一木造り」。実は、同寺では1996年に仏像を鑑定し、持国天像が11世紀ごろに造られたことが分かっていて、運慶の全盛期とは100年以上の開きがある。

 神戸さんによると、運慶は江戸時代以前から伝説の仏師として人気が高かったという。「運慶と韋駄天…。もしかしたら、江戸期という時代背景が図絵に反映されているかもしれません」と強調した。

 ■韋駄天ブーム到来か

 韋駄天は鬼が舎利(釈迦の骨)を奪って逃げた際、追い掛けて取り戻した-との伝説から俊足として知られるが、仏像として本格的に登場するのは江戸時代に入ってから。家を守るとされ、禅宗の寺院では庫裏に安置された。また、子どもの病魔も除いたり、盗難よけに力を発揮したりと、その万能ぶりもあって庶民に広がったようだ。

 神戸さんは「運慶の人気に加え、あらゆる能力を持ち、庶民に身近になった韋駄天を紹介すれば、読者の注目を集めるという編集者らの工夫だったかも」と話す。とはいえ、持国天を韋駄天と表記する理由付けとしては弱い。結局、当時の記者の考えを、同じ記者としてはくみ取れなかった。

 ■しばらくは韋駄天で

 韋駄天(持国天)像公開直前の4月22日朝、鶴林寺では法要が執り行われた。内容は5月23日に聖火ランナーを迎えることに加え、「本当は持国天ということは分かっていますが、しばらくの間、図絵に合わせて韋駄天になってくださいとお願いしました」と茂渡住職は明かす。本堂内には図絵のコピーも掲示し、紹介文も用意した。

 公開は2012年の宝物館開館記念以来となるが、本来は60年に1度。茂渡住職は「聖火リレーに合わせて特別に公開することを決めた。持国天は国に平和をもたらし、韋駄天は身の回りの災難も防いでくれる。どちらであっても、参拝者にはこの機会に新型コロナウイルス感染の終息を願ってもらえれば」と話す。

 公開は23日までの土日祝日。午前10時~午後4時。入山料(大人500円、小中学生200円)と秘仏拝観料大人300円、小中学生100円。期間中は秘仏韋駄天特別朱印(300円)の授与がある。同寺TEL079・454・7053

(門田晋一)

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 地元ならではの慣習、かつての珍騒動のその後、変わった地名…。言われてみると気になって仕方ない。そんな「なぜ?」「何?」を、記者が深掘りします。調べてほしいことを募集中。郵送かファクス、メールで連絡先を記し、〒675-0031 加古川市加古川町北在家2311、神戸新聞東播支社編集部「ナゼナニはりま」係(ファクス079・421・1023)まで。toban@kobe-np.co.jp

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