いてつくような１月下旬の夕暮れ、兵庫県加古川市別府町朝日町にある線路沿いの古い建物を、若いボクサーが次々と訪れた。創立４０年を迎える「ＪＭ加古川拳（けん）」。元世界王者の西岡利晃さん（４６）ら世界ランカーも通った古参のジムだ。ボクシングに青春を懸ける若者の姿を追った。

　■期待の全日本新人王

　「こんばんは」。午後５時過ぎ、少年３人がやって来た。加古川市の３兄弟だ。トレーニングウエアに着替え、拳（こぶし）にはテーピング。柔軟運動を済ませ、３人並んで縄跳びで体を温めた。

　練習は、どのメニューも１セット３分。終了時はゴングが鳴る。「試合の感覚を身に付けさせるため」と熟山（みのりやま）進之介会長（７３）。試合は１分の休憩だが、練習では３０秒に設定している。

　長兄の松江琉翔（りゅうしょう）さん（１８）は神戸村野工業高３年。３歳からキックボクシングを習い、小６でボクシングに転向した。中学生の全国大会を制し、２０２１年にプロテスト合格。２２年１２月には全日本ライトフライ級新人王に輝いた。

　琉翔さんがリングへ上がると、同じ高校の１年の次兄吟仁（ぎんじ）さん（１６）もリングへ。一緒にシャドーボクシングを始めた。「シュッ、シュッ」。より速くパンチを出すため、呼吸を連動させる。琉翔さんは１２月の試合で、強打の相手を左ジャブでけん制し、右カウンターをヒット。「対戦相手を想像しながら練習に取り組んだ成果が出た」という。

　弟たちも刺激を受ける。吟仁さんは１９年、１５歳以下の全国大会で優勝。「新人王を取る」と闘志を燃やす。弟で鳩里小５年の倖羽（こうは）君（１１）は２人の兄を追い、幼稚園からジムへ。体幹を鍛える基礎練習に時間をかける。２人とも「プロになる。目指すのは兄（琉翔さん）」と口をそろえる。

　■会長の思い出

　「どうぞ」。取材中、熟山会長が温かい缶コーヒーを差し入れ、ボクシング人生を話してくれた。

　１５歳で鹿児島県の沖永良部島から単身大阪へ。ムハマド・アリに憧れてボクシングを始め、数年後にプロデビュー。日本フライ級５位になったが、網膜剥離を患い、４年ほどで現役生活に終止符を打った。

　１０年後、加古川市内の勤め先で後輩に請われ、公園で「青空ジム」を始めた。すると情熱がよみがえり一念発起。１９８３年ごろジムを設立した。

　西岡さんは１０歳から通い、高３でプロデビュー。２０００年、タイの世界王者ウィラポンに挑戦したが判定で敗れた。その後、再戦を目指して大手ジムへ移籍。「うちで何度も世界王者に挑戦させるのは無理。彼のためにはよかった」と熟山会長。西岡さんが王座に就いた０８年の一戦はテレビの前で涙したという。

　■再起を期して

　リングサイドで練習を見つめる熟山会長が、ミットを手にリングへ上がった。パシッ、パンパン。パンチがミットの革をはじく音がリングに響く。４選手と各２ラウンドこなした。

　午後７時、アルバイトを終えた湊義生（よしき）さん（２４）＝兵庫県稲美町＝がやってきた。１８年にはフライ級で全日本新人王に輝き、２２年６月、スーパーフライ級で全日本ユース王座に挑んだが、判定負け。１０月、かねて脱臼癖のあった右肩を手術した。

　今年に入り練習ができるように。メニューは下半身の筋トレやステップ、左パンチのみだが、「必ず強くなってリングに帰ってくる」と努力を重ねる。「対戦相手がその後活躍している。けったくそ悪いじゃないですか」。見据えるのは２４年の日本タイトル奪取だ。

　全盛期には現在の約５倍、７０人が在籍し、連日しのぎを削った。コロナ禍で、ジムに通うのは１日５人ほど。それでも熟山会長は「続ければ、きっとこの子たちの中から『モンスター』が出てくる」。下町のジムの世界王者誕生が楽しみだ。