(この連載は、WHOの自殺報道ガイドラインに則り、精神医療の専門家の助言を受けています。記事中、個人名の敬称は省略しました)
誹謗中傷が逃げ場を奪う濁流のように押し寄せる。その中で「それは違う」とあらがうことは、どれほどの恐怖だろうか。勇気を出して声をあげれば、新たな攻撃の標的になる。
顔を隠したついたて越しに、元兵庫県議・竹内英明の妻が報道陣のカメラと向き合ったのは、2025年8月、神戸市内の会見場だった。政治団体「NHKから国民を守る党」党首・立花孝志を名誉毀損容疑で告訴したことを公表するためだった。

「昨年の兵庫県知事選挙において、夫は立花氏から『黒幕』と名指しされ、そこから夫の運命が変わりました」
立花の発信直後から、SNSには夫の顔写真と侮辱する文言が並んだ。
家族を巻き込んだことで自分を責めた竹内は、「もうこの仕事を続けることはできない」と議員を辞職した。「暴力や攻撃に屈した自分は『負けた』『逃げた』のだ」と嘆いた。
「夫は自ら望んで命を絶ったのではありません。兵庫県政の混乱の中で追い詰められ、孤立して、この世を去りました」
SNSの海に一度出た言葉は、いつまでもしぶとく残る。捜査やその後の検証報道などで事実でないと明らかになっても、〈すべての可能性が否定されたわけではない〉と、根拠のない疑念を再燃させる投稿が現れる。
「私は夫の尊厳を守りたい。それは自分の尊厳を守ることでもあるから」
声を発するのは怖い。それでも黙っていることはできない、と妻は語った。
そして告訴後、こんな書き込みがあったと明かしている。
「黙っていろ」「被害者ぶるな」

亡くなる2日前の1月16日。竹内は、20代からの旧友と、久しぶりにLINEで言葉を交わしている。
〈私は年明けからインフルエンザでダウン。竹ちゃんファミリーは元気ですかー?〉と旧友が近況を伝えると、数分後に返信が届いた。
〈ありがとう。なんとか頑張ります〉
ここ2カ月、既読スルーではないものの、竹内からはスタンプしか返ってこなかった。
気力が戻ってきたのかな。明るい兆しかも。旧友はほっとして、やりとりを終えた。
◆ ◆
竹内が亡くなってから、1年が過ぎた。
連載では、姫路ゆかたまつりを例に、「伝聞」情報がマスメディアやSNS、人の口を通して脚色され、「デマ」に変わっていく流れを追ってきた。その影響は、竹内をよく知る人々の心にも及び、竹内と家族の暮らしを飲み込んでいった。
地方議員としての初志や、追及型の政治スタイルにも目を向けた。周囲の言葉から、正義感と繊細さが同居する人物像が浮かんだ。それが兵庫県政の混乱をめぐる「黒幕」のイメージで塗りつぶされていく過程をたどった。
自死には複数の要因が絡み合い、特定の出来事だけで語ることはできない。
それでも、ネット上で繰り返された中傷や、現実の生活に迫った恐怖感が、竹内を追い詰めた大きな要因の一つだったことは、遺族の証言などからはっきりしている。
県政をめぐり、「善と悪」「敵と味方」と単純に色分けする投稿を今も目にする。行為や言動への批判を意図した投稿が、人格否定や誹謗中傷へとエスカレートしていくのも変わらない。それが黒い濁流になったとき、どれだけ人を追い詰めるか。「県民の代表」の死が突きつける。
今日もスマホを手にし、指をスワイプさせる。次々と文字が流れていくからこそ、忘れそうになる。その向こうには生活と家族を持つ一人の人間がいる。
その重さごと、私たちは今、スマホを握りしめている。
◆ ◆
この連載をほぼ書き終えた1月28日。神戸地裁尼崎支部で一つの判決が下された。
竹内とともに、兵庫県政の混乱の発端になった告発文書の作成に関わった、とのデマを街頭演説で流され、名誉を毀損されたとして、県議の丸尾牧が立花を訴えた民事訴訟だ。
兵庫県知事選の告示から3日目の11月2日。立花の演説は以下の内容だった。
「実は丸尾とかが書いたんですって、うそを。あの告発文書を書いたのは竹内だけじゃなくて、この丸尾牧も書いとるんです。丸尾いつでもかかって来いよ。書いとるんですよ。火のないところに煙は立たないっていいますけど、あいつら火のないところに煙を、無茶苦茶しよったんですよ。(中略)こいつらが原案作って、それをうわさ話でばーって庁内に広めてね。(中略)こいつらがデマを流しとるんやから」
太田敬司裁判長は、原告、被告双方の主張を踏まえて演説内容を虚偽と認定し、立花に330万円の支払いを命じた。
判決内容はこうだった。
「被告はネット配信の影響力を認識したうえで、虚偽内容のデマを用いてでも世論を誘導する意図で本件街頭演説を行った」
「被告には、民主制の過程の根幹である選挙活動において、虚偽の内容を流布し、有権者の判断を歪めることを辞さない態度が認められるから、誠に悪質といわざるを得ない」
デマを用いてでも世論を誘導--。
この判決文は、あの知事選で一票を投じた私たちにも向けられている。(おわり)
(「民意×熱狂」取材班)
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