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祈り継ぐ震災21年

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山岡伸一さん
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山岡伸一さん

【追悼の灯と絆 つなげて】

 -相生市から、毎年1月17日に神戸市中央区の東遊園地で開かれる追悼行事「1・17のつどい」で使う竹灯籠の竹を提供してきた

 阪神・淡路大震災の発生直後、地域の人たちに呼び掛けて1日千個のおにぎりを作り、水も持っていった。被災地では、人がただぼうぜんと歩いている様子が印象に残った。

 そんな経験があったから、つどいの実行委員長を務めていた神戸・市民交流会の中島正義さん(故人)と出会い、ただならぬ一生懸命な姿に感動し、手伝いたいと思った。言葉ではなく、行動で思いを伝える人だった。だから神戸だけでなく、全国でこれだけの人が動いたのだと思う。

 -それから17年も続けてきた理由は

 子どもや孫も竹を運ぶのを手伝い、近所の子どもたちにも竹にメッセージを書いてもらっている。被災地から遠くても、子どもたちに伝えたいと思った。大人になって人生の岐路に立ったとき、この経験で真っすぐに進めるのではないか。

 私自身、この間、体に人工関節を入れても「竹を納めなあかんのや」とつえをついて作業した。竹を運んだ後に心筋梗塞で倒れ、1月17日に一命を取り留めたことも。私も生きる力をいただいた。

 -震災21年を前に、竹灯籠も岐路に立つ。各地の追悼行事もやめるところが出てきた

 私も区切りにしようと思う。用意するのも、処分するのも大変な作業。家業を継ぐ子どもらに押し付けることはできない。自治会による追悼行事も同じで、後の人に負担を残すことは難しいだろう。ただ、つどいだけは、形が変わっても続けてほしい。

 -なぜ、そう思うか

 私と同様、あそこに集う被災者はあの催しで生きる力を得ているように感じる。震災を全国に伝える象徴にもなっている。竹灯籠が大変なら、ペットボトルでもLED(発光ダイオード)でもいい。ただ、たくさんの竹を提供してきた西播磨地域などの人たちとのつながりが切れてしまわないよう、竹灯籠で形作ってきた「1・17」の「・」のところだけでも竹灯籠にして、心をつなげていってもらえればと思う。(聞き手・高田康夫)

 やまおか・しんいち 1942年、相生市出身。園芸業を営む。地元の消防団で27年間活動したこともあり、震災直後に被災地に入る。個人で毎年400~500本の竹灯籠を神戸に届けてきた。

2015/12/28
 

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