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祈り継ぐ震災21年

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僧侶の安達瑞樹さん
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僧侶の安達瑞樹さん

【生きる人のためにこそ】

 -阪神・淡路大震災で大きな被害が出た神戸市長田区御蔵通で、地域の法要に通い続けている

 僧侶として被災者にできるのは「いかに寄り添い、伴走していくか」ということ。祈っても、死者が生き返るわけではない。一緒に祈り、耳を傾け、悲しみを共有することが役割だと考えている。

 震災が起きた1月17日の法要には2004年から通っている。毎年足を運ぶのは、今もその場に祈りを必要とする人がいてくれるからだ。僧侶だけに限らず、誰かが手を合わせ、一心に祈る姿に救われる人は多いと思う。

 -震災発生時は?

 大学生で東京にいて、何もできなかった。ずっと心苦しく感じていた。04年には先輩の僧侶に誘われ、台風23号による水害に見舞われた豊岡市での炊き出しに参加したことも転機となり、本格的に災害被災地に関わるようになった。

 -「1・17」だけでなく、「3・11」の東日本大震災被災地にも、僧侶たちが追悼やボランティアに駆け付けている

 仏教青年会の役員を務めていることもあり、東北に行くことも多い。法要のほか、全国から寄せられた写経を被災住民らと納経塔に納めており、思いの受け皿の役割も果たしたいと思っている。「忘れられていない」という安心感につながるのではないか。

 仮設住宅の集会所では、お茶会を兼ねた「傾聴」をし、日ごろの困りごとや故人の話を聞く。一番多く耳にするのは、故郷に帰ることができない被災者のふるさとの話。地元の特産品や近所にいた友達のことを自慢げに話してくれる。支援の中でつらい時でもある。

 -阪神・淡路と同様、東北にも慰霊碑がたくさんできている

 祈りたい思いがあって、碑や公園ができる。祈りは、災害で失われたものだけに目を向けるものではない。災害を起点に生まれた縁を見つめ直し、そこをスタートに何ができるかを考えていける場所でもある。誰かが手を合わせる姿を見て、次の誰かが手を合わせられる。亡くなった人のために祈るのはもちろんだが、祈りは生きている人のためにこそ必要なのかもしれない。(聞き手・阿部江利)=随時掲載します=

 あだち・ずいじゅ 1974年、京都府亀岡市出身。福井県の曹洞(そうとう)宗大本山永平寺で修行し、篠山市の如意山長楽寺で住職を務める。2015年から全国曹洞宗青年会会長、宗派を超えた全日本仏教青年会の副理事長を務める。

2016/1/20
 

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