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祈り継ぐ震災21年

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繁栄自治会長・岸本昌市さん
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繁栄自治会長・岸本昌市さん

【追悼地域巻き込む担い手を】

 -繁栄自治会は阪神・淡路大震災20年まで追悼行事を続けてきた

 自治会内では震災で99人が亡くなり、神戸市内の自治会単位では最多だった。追悼式は集まりやすいように毎年1月17日の前の日曜日に開き、川西市など遠くから来てくれる人もいた。5分や10分で終わっても悲しいので、献花だけでなく甘酒の提供などもしてきた。机を出すことなども大変で、前の役員はトラックを持っていてそれで運んだが、その後はレンタカーを借りて運んでいた。

 -20年を区切りに取りやめたのはなぜか

 一番の要因は担い手がいないこと。地震時に務めていた役員が全ていなくなり、引き継いだ役員も既に高齢だ。地震を直接経験した住民が2、3割に減る中、その人たちのために会費を使っていいのかという問題もあった。始めるのは簡単だが、後の始末をどうするかが難しい。「続けてほしい」と言ってくる人もいなかった。

 私自身、最初は2、3年のつなぎのつもりで引き受けた会長を、後継者がいないために続けている。2011年に体調を悪くし、昨年は3度入院した。どこかで決断しなければならなかった。

 -なぜ自治会に若い世代の担い手がいないのか

 仕事はするけれど、お金にならないことはしない。そんな人が増えているように感じる。昔なら地元で商売をしている人が多かったが、震災もあって、ほとんどいなくなった。サラリーマンは地域への関心が薄くなりがちで、定年も延長されて元気なうちは仕事をするという人が多い。親の介護などで地域活動ができない女性も増えている。

 -どうすれば追悼行事を続けていくことができたと思うか

 あくまで、その土地の人たちがやる気になるかどうか。やる人が変われば考え方が変わるのは仕方がないが、震災を忘れないようにすることで、次の地震で最初に揺れが「ドーン」と来たときに命が助かる人が一人でも増える。今でも、地域を巻き込んで行事をしようという人に出てきてほしい。(聞き手・高田康夫)

 きしもと・しょういち 1944年、神戸市兵庫区出身。震災時はトラックのボディー製造業。NPO法人「阪神淡路大震災1・17希望の灯(あか)り」のメンバーとして遺族らと交流する。2008年から、同市東灘区深江北町1、2丁目と本庄町1丁目の住民でつくる繁栄自治会の会長。

2016/1/21
 

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