子どもたちが巣立ち、ようやく肩の荷が下りたように感じていたAさんの日常は、穏やかで満ち足りたものでした。結婚して30年、専業主婦として家庭を守り、2人の子どもを立派に育て上げたという自負が、彼女の心を温かくしていました。夫との関係も良好で、これからは夫婦水入らずで旅行にでも行こうかと、旅行雑誌を眺めるのが最近の楽しみです。
そんなある日、仕事から帰宅した夫から「話がある」と、Aさんは呼び止められます。記念日のサプライズ計画か何かだろうと胸を弾ませたAさんでしたが、夫の口から告げられたのは「好きな人ができたから、離婚してほしい」という内容でした。
「どうして」「これから私はどうすれば」と涙ながらに訴えるAさんに対し、夫の態度は驚くほど冷静でした。慰謝料はきちんと支払うつもりであること、だから早く離婚届に判を押してほしいと、淡々と事務的に話を進めようとします。
家計はすべて夫に任せきりで、Aさん名義の貯金はほとんどありません。特別な資格もなければ、社会に出て働いた経験も遠い昔のことです。テーブルの上に置かれた一枚の離婚届が、Aさんから未来のすべてを奪い去っていくように思えました。Aさんは、この先どうすればよいのでしょうか。夫婦関係修復カウンセリング専門行政書士の木下雅子さんに話を聞きました。
■夫だけが舞い上がっている可能性もある
ーAさんは夫の申し出を同意すべきでしょうか
夫から一方的に離婚届を突きつけられたとしても、Aさんが同意しない限り、法的に離婚が成立することはありません。焦って判を押す必要は絶対にないのです。
30年間も専業主婦として家庭を支え、お子さんを育て上げたことは、お金には代えがたい立派な貢献です。 経済的に夫に依存してきたからといって、決して立場が弱いわけでも、夫の言うことを聞かなければならないわけでもありません。ご自身のこれまでの人生に誇りを持っていただきたいですね。
ー離婚後の生活が不安なので、離婚は避けるにはどうしたらいいでしょうか
夫から「好きな人ができた」と言われると、それがすべてのように感じてしまいますが、必ずしもそうとは限りません。特に50代後半から定年前後の男性の一時的な恋愛は、長年築き上げた結婚生活の重みとは比べ物にならないことが多いのです。
もしかしたら夫だけが舞い上がっていて、相手の女性は本気ではないかもしれません。感情的に問い詰めるのではなく、まずは冷静に時間をおいてみましょう。そうすることで夫自身が冷静さを取り戻し、「自分はとんでもないことをしようとしていたのではないか」と考え直す可能性も十分にあります。
ー離婚後を想定した準備は何ができるでしょうか
これをきっかけに、経済的な自立への一歩を踏み出すことをおすすめします。30年間の主婦経験で培った家事のスキルは、社会で大いに求められるはずです。例えば、共働き家庭が増えている今、家事代行サービスの需要は非常に高まっています。 あなたが当たり前だと思っている料理の腕や掃除の技術は、他の人にとっては「お金を払ってでもお願いしたい」素晴らしいスキルでしょう。
パートからでも社会に出てみることで、収入を得られるだけでなく、新しい仲間ができ、視野がぐっと広がります。 夫という存在が全てだった世界から一歩踏み出すことが、自信を取り戻すきっかけになるはずです。
◆木下雅子(きのした・まさこ)行政書士、心理カウンセラー
大阪府高槻市を拠点に「夫婦関係修復カウンセリング」を主業務として活動。「法」と「心」の両面から、お客様を支えている。
(まいどなニュース特約・長澤 芳子)