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明石海峡大橋特集

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鮮やかな光を放つ大橋。色の変わるタイミングに合わせてプロポーズするカップルもいるとか
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鮮やかな光を放つ大橋。色の変わるタイミングに合わせてプロポーズするカップルもいるとか
神戸側から大橋を眺める絶好のスポットだった舞子タワー。今は影も形もない(2002年1月)
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神戸側から大橋を眺める絶好のスポットだった舞子タワー。今は影も形もない(2002年1月)
勢ぞろいした3体の「わたる」。趣味はドライブ、特技はダンスという(本四高速提供)
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勢ぞろいした3体の「わたる」。趣味はドライブ、特技はダンスという(本四高速提供)
神戸新聞NEXT
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 ヒトとモノの流れを一変させた明石海峡大橋の開通から、5日で丸20年を迎えた。最大100メートルを超える水深と激しい潮流が高い壁となり、構想から実現まで長い歳月を要した「夢の架け橋」。神戸淡路鳴門自動車道を全通させ、神戸や淡路島、四国の暮らしと観光に新たな可能性を切り開いてきた。

 本州と四国に橋をかける構想が持ち上がったのは明治中期。昭和に入ると、内務省神戸土木出張所長だった原口忠次郎が明石架橋を提唱した。戦後、神戸市長となった原口が改めて必要性を主張したが、「白昼夢でも見ているのか」と批判されることもあったという。

 いったんは道路と新幹線の併用橋として整備が決まりながら、オイルショックで工事が無期延期となり、1988年にようやく道路専用橋として工事が始まった。日本の技術の粋を集めて工法や資材を開発。95年の阪神・淡路大震災で地盤が1メートルずれる事態も乗り越えた。

 「世界最長のつり橋」という形容は、橋桁を支持する2本の主塔間の距離を指す。大橋の1991メートルは、当時最長だった英国のハンバー橋を500メートル以上塗り替えた。20年を経た今も世界一という事実が、技術力の高さを裏付ける。

 技術者たちが目指す大橋の「寿命」は200年だ。そのため、ケーブルの防腐食技術などメンテナンスにも多くの先端技術が用いられている。先人と技術者たちの情熱に支えられながら、大橋はまた次の節目を目指す。

(文・末永陽子、石川 翠 撮影・辰巳直之、吉田敦史)

■工事見守った舞子タワー

 世紀の架橋工事を神戸・垂水から見守ったタワーがあった。展望室が回転しながら高さ約100メートルまで上がり、多くの観光客に親しまれた「舞子タワー」だ。

 工事を間近に見学してもらおうと1992年、神戸市の都市整備公社(現神戸すまいまちづくり公社)が完成までの暫定施設として設置。利用客数は開業2年目に27万人を記録した。

 ところが95年の阪神・淡路大震災を境に利用客は激減。大橋開通後も予定を延長して営業を続けたが、運営費の累積赤字が膨らみ、2002年3月末に閉鎖、その後撤去された。

   ◇   ◇

■輝き31パターン、夜を彩る

 大橋のイルミネーションは計31パターン。時間帯や季節などによってその輝きは変化する。平日はパール色、土日祝はグリーンブルーが基調。正時ごとに虹色となり、毎時30分にその月の誕生石の光を放つ。

 2本のメインケーブルに計1084基(1基につき赤青黄の電球)が並び、発光させる組み合わせで自在に色を変える。特に虹色はお手の物で、東京湾の「レインボーブリッジ」より鮮やかなレインボーだとか。ライトアップは日没~午後11時(休日は午前0時まで)。5日からは20周年特別バージョンが始まる。

   ◇   ◇

■シンボルキャラ「わたる」

 身長2メートル、体重120キロ(公称)。頭の上には帽子のような車。本州四国高速道路の三つの橋をPRするシンボルキャラクター「わたる」をご存じだろうか。

 色は橋ごとに異なり、明石海峡大橋はイエロー、瀬戸大橋はピンク、しまなみ海道はグリーン。形状のモチーフは、つり橋のメインケーブルを固定させるコンクリートブロック「アンカレイジ」(橋台)だという。

 「ゆるキャラグランプリ」で兵庫県の「はばタン」を上回った実績もあるが、知名度アップが課題。“本人”は「橋台らしく、地味でも着実に頑張ります」。

2018/4/5

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