明石海峡大橋特集
神戸と淡路島を結ぶ明石海峡大橋が5日、開通20年を迎えた。橋桁をケーブルでつる2本の主塔の距離(1991メートル)は今も世界最長。強風や速い潮流、軟弱な地盤などから「実現不可能」ともいわれた難事業に携わった技術者らは「この工事を機に、日本の架橋技術は世界トップクラスになった」と胸を張る。開発された工法や資材は国境を越え、海外の長大橋建設にも活用されている。(末永陽子)
「世界の長大橋に類似した実施例のない、極めて厳しいもの」。当時の報告書にそう刻まれている架橋工事は、世界初となる挑戦の連続だった。
水中でも材料が分離しないコンクリートの開発や、100分の1サイズの模型を使った精緻な耐風実験。ケーブルに使用する鋼線の長さは合計で約30万キロ、地球7周半にも及び、そのケーブル内のさびをどう抑えるかにも知恵を絞った。
自然条件とともに、明石海峡を行き交う船舶の存在も高い壁となった。日に千隻ものタンカーなどが通過するため、航路を確保しながら、橋桁の部材を海上に張り出していく工法が採用された。まさに日本の技術力の全てが集められた。
橋桁の工事を担った本州四国連絡高速道路神戸管理センター(神戸市垂水区)計画課長の河藤千尋さん(50)には、忘れられない光景がある。1995年1月17日。阪神・淡路大震災直後に見た「大橋」の姿だ。
着工から約7年。2本の主塔を挟んで本州と淡路島が既にメインケーブルでつながり、間もなく橋桁の設置が始まる段階だった。
高さ300メートルの主塔が傾いていないか、全て崩れてしまっていないか-。不安を胸に現場に駆けつけた河藤さんの目の前で、主塔はまっすぐ立っていた。地盤が動いたため主塔間の距離が1メートル広がったが、大橋は激震に耐え抜いた。
「この橋に関われたことを今でも光栄に思う」。震災を無傷で乗り越え、約10年の工事期間中、一人も死亡者を出さなかった。この二つの自負が、河藤さんの技術者人生を支えている。
明石架橋で開発された技術やノウハウは開通後、さまざまな形で応用され、国内外に広がっている。
近年は中国で長大橋の建設が相次ぎ、トルコでは主塔間の距離が2千メートルを超えるつり橋の建設計画も進んでいる。明石海峡大橋が「世界一」の座を奪われる日は、そう遠くないかもしれない。
それでも河藤さんは誇らしげに語る。「大事なのは完成してからいかに守っていくか。寿命200年を目指して、今も補修技術の開発は続いています」
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