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 あの日、何をしていましたか。あらためて伝えたい思いや教訓はありますか-。17日で発生26年を迎える阪神・淡路大震災を前に、神戸新聞社は双方向型報道「スクープラボ」のアンケートで体験談などを募った。地震の恐怖や避難生活、救助活動などさまざまな局面を振り返る回答が寄せられ、震災経験者の多くが日ごろの備えや支え合いの大切さを訴えた。(竹本拓也)

 アンケートは6~8日に無料通信アプリ「LINE(ライン)」で実施。118人から回答を得た。震災経験の有無にかかわらず「当時何をしていたか」「阪神・淡路にまつわるエピソード」「心に残る教訓や思い」を尋ね、震災経験者には「今、あらためて伝えたいこと」も聞いた。

 1995年1月17日は3連休明けの火曜日。寝静まった街を烈震が襲った。当時高校3年だった40代女性は落ちた天井と家財の間にはさまれ、動けなくなったという。両親に救出されたが「死の恐怖を感じた」と振り返った。倒壊した木造アパートから多くの遺体が搬送されるのを見た70代男性は「今も胸が痛む」と心境をつづった。

 避難所にまつわる体験談は多く、「高知県からのボランティアが温かいうどんを炊き出しで振る舞ってくれた」「職員室の壁いっぱいに安否確認のメモが貼られていた」などといった声があった。

 結婚や受験、出産など95年が大きな節目だったという回答者も。地震直後に破水し、17日夜に無事に息子を出産したという当時35歳だった女性は、看護師への感謝をつづった。夜勤明けで交代が来なかったが「水を買ってきて!」と声を張り上げ、献身的に支えてくれたという。

 震災から得た教訓では、懐中電灯やスリッパの常備▽風呂の水をためておく▽家具の固定-など、備えの重要さを訴える記述が目立った。住民の救助で多くの人命が助かった経験から、近所付き合いの大切さに触れる人も多かった。

 震災への思いでは、ブロック塀の下敷きとなって右脚を開放骨折し、入院生活を送ったインストラクターの50代女性が「痛みもつらさも貴重な道のり。生かされた使命を果たしたい」と前向きな言葉をつづった。

 震災の話題を避けてきたという40代女性は、震災20年を過ぎてようやく「怖かった」の一言を発することができた。自宅が被災していないことから周囲に気兼ねしていたという。女性は「被害のなかった人も無理せず、気持ちをはき出してほしい」と、同じ思いをしている人に励ましの言葉を送った。

  ◇  ◇

 神戸新聞社は、読者の投稿や情報提供を基に取材を進める双方向型報道「スクープラボ」を始めました。身近な疑問や困りごとから、自治体や企業の不正告発まで、あなたの「調べてほしい」ことをお寄せください。LINEで友だち登録(無料)した後に投稿できます。皆さんと一緒に「スクープ」を生み出す場。ご参加をお待ちしています。

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