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震災25年特別ランナーとして出場するフリーアナウンサーの大橋未歩さん 震災25年特別ランナーとして出場するフリーアナウンサーの大橋未歩さん
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震災25年特別ランナーとして出場するフリーアナウンサーの大橋未歩さん

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 「感謝と友情」をテーマにした「第9回神戸マラソン」が、11月17日の号砲まであと1カ月となった。阪神・淡路大震災から25年を迎える節目の年度に開かれる大会。神戸市須磨区出身で震災25年特別ゲストのフリーアナウンサー・大橋未歩さんに、神戸への思いや大会への意気込みを聞いた。

■初マラソン 神戸で良かった

 -高校生まで過ごした神戸はどんな街か。

 実家のマンションのすぐ裏に山があり、子どもの頃は山に「別世界」という名前を付けて遊んだ。木で家を作ったり枝のツルでターザンごっこをしたり。山の中に無限の遊び場があった。家から海も見えた。東京に来て、改めて神戸は自然に恵まれた街だったと実感する。

 -震災のときは。

 高校1年生だった。マンションのコンクリートがきしむ不気味な音が聞こえて、倒壊するかもしれないと思った。生まれて初めて神様に命乞いをした。マンションの屋上から街を見下ろすと、幾つもの火の手が上がっていた。日常が一瞬で壊れるのを見たのは、とても大きい体験。これからは悔いなく生きようという意識が強く生まれた。

 -マラソン経験は。

 今回が初マラソン。いつかやってみたかったので、事務所から言われてすぐに「やります!」と返事した(笑)。昨年はアメリカのシエラネバダ山脈を10日間で150キロ縦走し、標高4千メートル近くを歩いた。本当に苦しかったが、上半身を前に傾けると自然に足が出る。最後はそれを一歩一歩繰り返して山を越えた。辛いときは目の前の一歩を出せばいいことを学んだ。マラソンもそうやって完走できるのではと考えた。

■目の前の一歩重ね完走を

 -神戸マラソンに向けて準備は。

 10キロを週2回走っている。この4倍かと思うと正直、不安(笑)。練習する前は6時間以内で走りたいなどと言っていたが、今は現実を知り、完走が目標。初心者なので今のところ走る度にタイムは上がり、直近では平均1キロ7分00。脚が持たなくなりそうなので、最近パーソナルトレーナーについてトレーニングも始めた。

 -以前、軽い脳梗塞を経験したが不安はないか。

 医師から全く問題ないと言われており、大丈夫だ。病気をする前は、まず目標ありきでストイックに頑張っていた。体を壊してからは目標までの過程を楽しもうと思うようになった。今も初マラソンに向けて楽しい気持ちでいっぱいだ。

 -最も楽しみな点は。

 まず景色。実家に帰ったときは車で国道2号を通って垂水のアウトレットによく行くが、瀬戸内海は穏やかで太陽が水面にキラキラ輝いて本当にきれいだ。明石海峡大橋をふもとから見るとどんなふうに見えるのか、長田の街はどう変わったのか。走りながら見たいものがたくさんある。

 -沿道で応援する観客やランナーに伝えたいことは。

 ツイッターで多くの方から「私も走ります」という声を掛けていただいている。これまでSNSでしかつながれなかった方たちと、実際走る時間を共有できるのは楽しみだ。沿道の声援は、きっと震災の時にいただいた声援と重なって大きな励みになると思う。初マラソンが神戸マラソンで良かったと心から思っている。

【おおはし・みほ】1978年神戸市須磨区出身。上智大卒。早稲田大大学院スポーツ科学研究科修士取得。2002年テレビ東京入社。17年フリーに。ニッポン放送「大橋未歩 金曜ブラボー」、TOKYO MX「5時に夢中!」にレギュラー出演中。脳梗塞を発症した経験からパラスポーツの魅力を伝える活動にも力を入れている。

2019/10/17

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