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声援を受けながら走る小野寺由美子さん=17日午後、神戸市中央区東川崎町1(撮影・大山伸一郎)
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声援を受けながら走る小野寺由美子さん=17日午後、神戸市中央区東川崎町1(撮影・大山伸一郎)

声援を受けながら走る小野寺由美子さん=17日午後、神戸市中央区東川崎町1(撮影・大山伸一郎)

声援を受けながら走る小野寺由美子さん=17日午後、神戸市中央区東川崎町1(撮影・大山伸一郎)

 25年目の神戸を2万人が駆けた。秋空の下、17日に行われた第9回神戸マラソン(神戸新聞社など共催)。宮城県や熊本県など被災地からのランナーも一歩一歩、ゴールを目指した。阪神・淡路大震災から間もなく四半世紀。応援が力になることを知っているこの街に、エールがこだました。

 あの時、助けてくれた人たちのために-。宮城県気仙沼市の小野寺由美子さん(54)は、その一心で初めてのフルマラソンを走りきった。

 浜松市出身の小野寺さんは25歳で結婚し、夫の古里である宮城県気仙沼市で暮らし始めた。海岸近くで乾物店を営んでいた。

 2011年3月の東日本大震災。津波で、店と建てたばかりの自宅を失った。家族は全員無事で、路上販売から仕事を再開した。しかし、地域は壊滅状態、先はまったく見えなかった。

 そんな時、気持ちを楽にしてくれたのが神戸の商店街の人たち。つながりのあった岡本商店街(神戸市東灘区)、大正筋商店街(同市長田区)が支援に駆け付けてくれた。

 「震災直後、来た人みんなが『頑張れ』という中で、神戸の人は『頑張ったらいけないよ』と言ってくれた。阪神・淡路を経験した人の話はすごく心に響いた」

 それから神戸と気仙沼のイベントに互いに参加するようになった。交流する中で、小野寺さんは聞いてみたいことがあった。「いつになったら今まで通りの心情に戻れるんですか」。ふとした時に、津波の恐怖がよみがえってくるからだった。

 阪神・淡路の被災者に思い切って尋ねると、こう言われた。「絶対に痛みは消えない。でも、笑顔でいることはできる」

 本格的にマラソン参加を決意したのは3年ほど前。「思い入れのある神戸。震災から立ち直った街を走りながら感じたかった」

 レースは想像以上に過酷だった。終盤で足の痛みに顔がゆがんだが、沿道の声援に背中を押され、歩くことは最後までなかった。「感謝を伝えるために走ったけど、むしろこっちが助けられた」

 大災害に遭ったようにはとても見えない街並み。それだけに、気仙沼と照らし合わせ、ここまでの道のりを思った。

 タイムは6時間15分。「フルマラソンは本当にきつかった。でも神戸ならまた出場したい。今度は、ほかのランナーを引っ張るような走りができれば」。笑顔で語った。(西竹唯太朗)

神戸マラソン【写真集】はこちら

2019/11/18

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