1日最大92万人、延べ1千万人-。空前の観客動員数が見込まれる東京五輪・パラリンピック。人口1300万人の巨大都市は一極集中にさらなる拍車を掛け、未曽有の過密都市に変貌する。
「この期に及んで『地震が起きてから考えよう』という意識のままだ」
国を挙げたビッグイベントに、防災学者の室崎益輝(よしてる)・兵庫県立大大学院減災復興政策研究科長(75)は厳しい視線を注ぐ。
政府の地震調査研究推進本部が見積もる首都直下地震の発生確率は30年以内で70%。地震の規模を示すマグニチュード(M)は阪神・淡路大震災と同じ7・3、死者は最大2万3千人と想定する。にもかかわらず、五輪開催期間中に地震が発生した場合の想定はなされていない。
加えて、被害想定の内容にも警鐘を鳴らす。国の中央防災会議は、首都直下地震での火災による建物の焼失数を、阪神・淡路の54倍に当たる最大41万棟と見込む。阪神・淡路では直接死の約1割、550人程度が火災で亡くなったとされるが、それを基に計算すると、首都直下では火災だけで約3万人が命を落とすことになり、想定の最大死者数を軽く上回ってしまう。
「『最悪の事態』を想定するのが防災の根幹。被害を低く見積もって対策をおろそかにすると阪神・淡路の二の舞いになる」
室崎は続ける。「もう『想定外』という言い訳をしてはならない」。それは阪神・淡路が社会に問い掛けた教訓。室崎自身の反省でもある。
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阪神・淡路からちょうど1年後、「神戸黒書」という名の本が出版された。市民や学識者ら執筆グループは、神戸市が地震の想定を甘く見積もり、被害を拡大させたと痛烈に批判した。
「6200人を超える犠牲をもたらした責任は、明らかに行政と、行政に同調した学者にある」。室崎は、神戸市と「談合」し、「開発優先」の被害を招いた“共犯者”に名指しされる。
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1985年、神戸市は初めて、市防災会議の中に地震対策部会を設置する。室崎は専門委員として名を連ねる。東京や大阪などの流れを受け、室崎が神戸市にも対策づくりを働き掛け、やっと議論の場が動きだした。
被害対策の前提となる震度の想定を巡って部会は紛糾した。観測史上、震度7はなかった。震度「6」を地震学者や旧・神戸海洋気象台職員が主張。これに対し、市側は水道管などインフラなどの耐震補強に膨大な費用がかかると難色を示す。「震度6なら地震対策から降りる」。市の姿勢は強硬だった。
せっかくの機会を水の泡にしたくない。焦りがあった。室崎は「5と6の間をとろう。段階的に対策のレベルを上げればいい」と提案する。震度5でも、とるべき対策は大々的だ。
86年にまとまった「神戸市地域防災計画・地震対策編」の想定震度は「5の強」。当時の震度階に「5強」「5弱」はない。室崎が期待した「段階的対策」を見据えた独特の表現となった。
9年後。観測史上初の震度「7」が神戸を襲う。
「過去の地震にばかり目を奪われていた。起き得る最大の地震を想定し、最悪の事態に備えなければならない」。室崎は批判を受け入れ、苦い経験を語り続けている。
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