あの日に生まれたからこそ伝えられることがある。今年1月、三木市立志染小学校。「語り部KOBE1995」メンバーの中村翼(25)は児童約50人を前に語り始めた。
「私は阪神・淡路大震災が起きた日に生まれました」
震災を意識したのは中学3年、15歳の頃だ。住宅が壊れた町、亡き人をしのぶ遺族の様子がテレビ映像で流れていた。報道機関から取材を受け、震災への受け止めを尋ねられた。
震災を知らない。なのに、誕生日に意味を求められた。ストレスだったが、不思議と「何かしなければ」とも感じた。神戸学院大で防災を学び、両親に初めて震災の話を聞いた。
神戸市兵庫区の自宅から近くの小学校へ避難したとき、母が破水。見知らぬ女性から「車に乗って」と声を掛けられ、毛布を貸してもらった。病院へ急ぐ途上、警察官は事情を知って迂回(うかい)路に誘導してくれた。
この世に生を受けた裏側で多くの支え合いがあった。中村は自身の使命を見いだす。震災の記憶を後世につなぐ-。
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死者6434人、行方不明者3人を出した阪神・淡路大震災。人間社会のもろさを露呈させ、危機意識の乏しさを突きつけた。一方、助け合いが人の心と暮らしを支え、命を守る力になることも教えた。
経験と教訓を継ぐ。次の災害に立ち向かうために。その被災地の決意は、次代の人を育てることによって結実してきた。
兵庫県が2002年に整備した「人と防災未来センター」。防災教育を受け、研究する専門研究員が、災害対応の実働部隊にもなる。国内外の被災地に阪神・淡路の教訓を伝え、新たな知見を持ち帰る。輩出してきた多数の専門家たちが、その成果だ。また、災害時の実践的なノウハウを延べ約1万人の自治体職員に伝授してきた。
舞子高校(神戸市垂水区)の環境防災科は防災を専門に学ぶ全国初のコースとして設置された。兵庫県立大大学院減災復興政策研究科も防災・減災を担う高度な専門人材を養成する。
語り部、災害ボランティア、市民団体…。多様な分野に被災地の「遺伝子」が息づいている。
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「忘れないための伝承は根付いている」。県立大大学院の同研究科長、室崎益輝(よしてる)(75)はそう評した上で問い掛ける。「ただ、本当の意味で教訓を継承できているか」
兵庫県が創設した「住宅再建共済制度(フェニックス共済)」は、制度開始から今年で15年となるが、加入率は1割未満。制度に宿る助け合いの理念が広まらない。室崎は「災害が人ごとのままだ」と危惧する。
「想定外」を言い訳にしてはならない-。阪神・淡路の最大の教訓は市民の備えだけではなく、行政の危機管理にも通底する。しかし昨年9月の台風15号で、千葉県は災害対策本部の設置が遅れ、政府は内閣改造を優先して対応が後手に回った。
「防災に特化した常設機関は災害が頻発する時代に必要不可欠だ」。人と防災未来センター長の河田恵昭(よしあき)(74)は強調する。河田は今後確実に起きる大災害に相対するため、災害対策の知恵と権限を兼ね備えた「防災省」創設を訴える。「世論の高まりこそが重要だ」。災害による悲しみがない社会へ。阪神・淡路大震災からの問いは、今なお続いている。=敬称略=
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