淡路島からフェリーに乗って神戸市須磨区に到着した医師の水谷和郎(55)は、JR鷹取駅前で言葉を失った。約1キロ東にある新長田駅前の複合ビル、新長田ジョイプラザ(現・東急プラザ新長田)が素通しで見えていた。1995年1月21日、阪神・淡路大震災発生5日目。
地震に伴う火災の焼失面積は83万5858平方メートル。甲子園球場21個分に相当する。うち同市長田区は全焼失面積の62%に当たる52万4千平方メートルが焼けた。
なぜこれほど火災が拡大したのか。神戸大教授だった兵庫県立大大学院減災復興政策研究科長の室崎益輝(よしてる)(75)は、主な要因が「通電火災」と「かまど現象」にあったと考える。震災からわずか1週間、24日のNHK番組で唱えた両説は、いずれも火災研究の世界で「あり得ない」とされてきた現象だった。
「被害の事実を明らかにすることは研究者の責任だ」。震災直後に火災調査を始めた室崎は現地で証言を集め、停電復旧時に配線の損傷部などから発火した通電火災を裏付けた。
また延焼の拡大については、耐火構造ビルの割れた窓から入った火が、内部の空気を取り込んで炎上したことに気付く。かまどに見立てられたビルの内部で、火が大きくなり、再び窓から噴出して周辺に燃え広がった-。鉄筋コンクリートなどの耐火構造物は延焼を防ぎ、燃えないというのが定説だった。かまど現象はそれを覆す。
震災の実相を見いだす試みは倒壊の現場から生まれた。
◇
被災地全域をくまなく調べる取り組みも進行していた。建物被害50万棟調査。95年2月から約1カ月半、学生ボランティア延べ約千人が、阪神間各市、神戸市、淡路島を歩き、1軒ずつ目視で被災度を調べていった。
「復興を考える上で被災の全容を知る必要があった」と、都市計画の専門家小林郁雄(75)。8大学の研究者が賛同し、異例の合同調査チームを結成する。
建物の損壊状況が4色に色分けされた国土基本図。この調査から、震災の激甚被災地エリアが、空襲による戦災を免れていたことが明らかになった。また、南海トラフ巨大地震など将来の地震被害を想定する際、建物の倒壊率を算出する基準データとしても活用されている。
◇
ただ、「教訓」が独り歩きする事態も起きている。
逃げ遅れで多数の犠牲者が出た昨年7月の西日本豪雨。その反省を踏まえ、政府は今年3月、避難勧告・指示に関する指針を改定した。住民は「『自らの命は自らが守る』意識を持ち、自らの判断で避難行動をとる」ことを方針に掲げた。行政の限界を認め、住民の自助努力にゆだねた格好だ。
背景には、96年11月発表の日本火災学会の調査報告書がある。室崎による調査で、生き埋めになった負傷者の救助状況は、「自力・家族」67%▽「友人・隣人」28%▽「救助隊」2%-だった。この結果を基に、防災対策のあり方が「自助7、共助2、公助1」のバランスで語られる場面は多い。
「行政の責任を限定的に見て『行政は限界』と白旗を揚げる理屈は間違っている」と室崎。災害対策にまで自己責任論が持ち込まれる状況を憂慮する。
「災害への備えが個人の自己責任ばかりでは、次の災害で救助する命をいかに増やすかの議論が深まらない」=敬称略=
2019/11/23【結び】次代へ 災害の悲しみ繰り返さない2020/3/28
【結び】次代へ 被災地の「遺伝子」を継ぐ2020/3/28
【16ー2】市民社会 助け合いから芽生えた協働2020/3/21
【16ー1】市民社会 地域に根差す「新しい公共」2020/3/21
【特別編】防災の普及・啓発 世界21か国で開催「イザ!カエルキャラバン!」2020/3/14
【特別編】防災の普及・啓発 カード形式で震災疑似体験「クロスロード」2020/3/14
【15ー2】つながる被災地 「恩返し」の心意気息づく2020/3/7
【15ー1】つながる被災地 「責任」負い、次なる災害へ2020/3/7
【14ー2】診るということ PTSD、後遺症…耳傾け2020/2/29
【14ー1】診るということ 救えた命と心 医師の苦悩2020/2/29
【特別編】阪神高速倒壊訴訟 高架道路崩壊の責任問う2020/2/22
【13ー2】復興住宅 地域の福祉力 支え合いが鍵2020/2/15
【13ー1】復興住宅 「鉄の扉」、孤絶した被災者2020/2/15
【12ー2】まちづくりの苦闘 つながり再生へ、対立と融和2020/2/8
【12ー1】まちづくりの苦闘 住民散り散り、再建の壁に2020/2/8
【特別編】被災者支援の将来像 現金支給で迅速な支援を 元日弁連災害復興支援委員会委員長弁護士 永井幸寿氏2020/2/1
【特別編】被災者支援の将来像 災害ケースマネジメント 日弁連災害復興支援委員会委員長 津久井進氏2020/2/1
【特別編】被災者支援の将来像 被災者総合支援法案 関西大教授 山崎栄一氏2020/2/1
【11ー2】復興基金と支援会議 現場主義、暮らし改善提言2020/1/25
【11ー1】復興基金と支援会議 「参画と協働」の原点に2020/1/25
【特別編】井戸敏三・兵庫県知事インタビュー 「事前の備え」訴え続ける2020/1/19
【特別編】久元喜造・神戸市長インタビュー 危機管理 想像力を鍛えて2020/1/19
【10ー2】悼む 一人一人の犠牲と向き合う2020/1/11
【10ー1】悼む 記憶共有「言葉が力を持つ」2020/1/11
【9ー2】生活再建支援法 国の「壁」破り個人補償へ2019/12/28
【9ー1】生活再建支援法 被災者救済、市民力の結晶2019/12/28
【8ー2】仮設の日々 人間の生活に「仮」はない2019/12/14
【8ー1】仮設の日々 「つながり」孤独死防ぐ命綱2019/12/14
【7ー2】3・17ショック 日程優先、住民不在の復興案2019/12/7
【7ー1】3・17ショック 合意なき計画多難の船出2019/12/7
【特別編】浮かび上がった課題 支援ボランティアへの支援 兵庫県立大大学院 減災復興政策研究科長 室崎益輝氏2019/11/30
【特別編】浮かび上がった課題 外国人との共生 多言語センターFACIL理事長 吉富志津代氏2019/11/30
【特別編】浮かび上がった課題 トイレ環境の改善 NPO法人日本トイレ研究所代表理事 加藤 篤氏2019/11/30
【6ー2】倒壊の現場 生き方変えた眼前の現実2019/11/23
【6ー1】倒壊の現場 被害の実相 教訓見いだす2019/11/23
【5ー2】混乱の避難所 思いやり、苦境分かち合う2019/11/16
【5ー1】混乱の避難所 過酷な環境、相次いだ関連死2019/11/16
【4ー2】ボランティア 助け合う尊さみな実感2019/11/9
【4ー1】ボランティア 自ら動く被災者のために2019/11/9
【3ー2】危機管理 「心構え」なく初動に遅れ2019/11/2
【3ー1】危機管理 「迅速な全容把握」なお途上2019/11/2
【特別編】地震と共存する 石橋克彦・神戸大名誉教授2019/10/26
【特別編】地震と共存する 尾池和夫・京都造形芸術大学長2019/10/26
【2ー2】午前5時46分 眼前で人が火にのまれた2019/10/19