その運動は燎原(りょうげん)の火のように全国を覆っていった。
「被災者に何の手も打たない政治への怒りがあった」。当時、コープこうべ専務理事で日本生協連常任理事だった増田大成(ひろしげ)(83)はそう振り返る。
「住宅再建に公的補償を」
阪神・淡路大震災被災者の切実な声を受け、兵庫県は国民運動の展開にかじを切る。公的補償を頑として認めない国の姿勢を突き破るためだった。
兵庫県と日本生協連、全労済協会などは「自然災害に対する国民的保障制度を求める国民会議」を結成。1996年9月から署名運動を展開する。
集まった署名は2400万人分。国民の5人に1人に達した。兵庫県内では435万人分。県民の5人に4人。「想像を超えたエネルギーだった」と増田。コープこうべには1人で千人分以上集めた組合員もいた。
97年2月、首相官邸。兵庫県知事の貝原俊民(故人)が署名目録を官房長官の梶山静六(故人)に手渡す。民意のうねりが国に態度変更を迫っていた。
◇
震災から8日後の95年1月25日。自民党と社会党、新党さきがけ連立政権の首相村山富市は参院本会議で「補償制度の創設は困難な問題がある」と答弁する。被災者の私有財産形成に税金投入はできない-。国、つまり大蔵省(現財務省)の論理が被災者救済への「厚い壁」として露見した瞬間だった。
阪神・淡路以前、国の制度に被災住宅への補償がないことは問題にならなかった。背景には、義援金の存在があった。
91年の雲仙普賢岳・大規模火砕流で集まった義援金は約230億円。全壊1世帯当たり約1千万円が配分された。約260億円集まった93年の北海道南西沖地震では、再建費用に最大1350万円が割り当てられる。
一方、阪神・淡路では1793億円もの義援金が寄せられた。だが、全半壊世帯は約46万世帯。義援金すべてを配分したとすれば、1世帯当たり約40万円。善意だけで住宅再建が成り立つ状況ではなかった。
◇
「これは『人間の国』か」
国への怒りに突き動かされた作家の小田実(まこと)=2007年死去=は有志とともに「生活再建援助法案」を起草。「市民=議員立法」実現の運動に踏み出す。
97年11月下旬、東京・国会議事堂前に「人間の鎖」ができた。小田は「被災者への公的支援は無視されたまま。真剣に法案審議を」と声を張り上げた。
国が個人補償に慎重な姿勢を崩さない中、突破口を探った兵庫県は新たに「生活再建のための基金制度」を提案する。住宅ではなく、被災者の生活を立て直すことを名目に掲げ、事態の打開を図る。「署名を無駄にしたくなかった」。制度案づくりに携わった元兵庫県理事の和久克明(80)は述懐する。
この案は、全国知事会の決議を経て、自民党の「被災者生活再建支援法案」につながる。そして98年4月20日、超党派の「市民立法案」と野党3党案を含めた3法案の一本化が合意される。与野党6党が共同提案し、5月15日、被災者生活再建支援法が成立する。
建設・補修など「住宅本体への支給」実現は、後の2度にわたる大改正を待たなければならない。しかし支援法成立は、国の壁に風穴をあけ、被災者支援のあり方を転換させる礎を築くことになる。=敬称略=
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