兵庫県は今春、災害ボランティア団体に交通費や宿泊費などの活動費を最大20万円助成する「ボランティア助成」制度を創設した。恒久的な支援制度は全国初だ。「ボランティア元年」の言葉が生まれた阪神・淡路大震災以降、文字通り手弁当で支援に駆け付けるボランティアに対する支援は、大きな課題だった。
10月下旬には制度が初めて適用され、5人のグループが台風19号の被災地長野市に入って泥出しを手伝った。24年前、備えもなく機能不全になった行政を助けたのはボランティアだった。「ボランティアの背中を押すことは、行政の重要な役割であり、責任だ」。兵庫県立大大学院減災復興政策研究科長の室崎益輝(よしてる)(75)は助成制度を評価する。
ただ、東日本の広域が被災した台風19号をはじめ、近年の多くの災害でボランティア不足が叫ばれている。「ボランティアが被災地に行きたくなるような後方支援を」。宿泊場所の提供やボランティア休暇の拡充など、さらなる「支援者を支援する」仕組み作りが不可欠だ。
震災は人が人を助ける尊さを社会が実感する大きな契機となった。
災害ボランティア団体「チーム神戸」代表、金田真須美(60)は現在、台風15、19号で被災した千葉県で、喫茶を通じた交流や地元住民による支援組織の立ち上げを手伝っている。阪神・淡路でボランティアが掲げた「言われなくてもする」の精神を今も体現し続ける。
被災者でありながら被災者支援を始めた。「元々お節介(せっかい)だったんよ」。神戸市長田区の自宅は半壊。同居の母と祖母を連れて逃げた。営んだ着付け教室のビルは全壊した。
きっかけは何気ないことだった。好物のコーヒーを入れた水筒と紙コップを持ち歩き、避難所で配った。名も知らない高齢者が「うれしいなぁ」と泣き笑いし、会話が弾んだ。
車中や公園でブルーシートを張って生活する人の集団を見掛けては声を掛けた。だが、炊き出しの場所を教えても「お金がなくて…」。誰もが経験のない被災に戸惑っていた。
「情報がないと混乱は収まらない」。1995年春にはボランティア団体「すたあと長田」に参加し、罹災(りさい)証明の手続きや法律相談会の日程などを記した手書きの「瓦版」を発行。有形無形の励ましと寄り添いが安らぎを与え、人が前を向く力になることを実感した。「ボランティアを続けよう」。腹をくくった。
東日本大震災や熊本地震、九州北部豪雨…。駆け付けた被災地は10カ所以上。9月下旬からは千葉県南房総市と鋸南町(きょなんまち)へ。「被災から生活を立て直す道のりは経験者が示さなきゃ」。そして、被災者が被災者を助ける精神を共有したいとも願う。
何ができるか分からない。でも、居ても立ってもいられない。「週末ボランティア」がそんな人たちの受け皿になった。毎週末、仮設住宅で震災体験を聞いて回った。参加者は24年間で延べ1万7301人に上る。
神戸製鋼のエンジニアだった東條健司(79)は95年6月から傾聴活動を始める。仮設住宅の扉を1軒ずつたたく。特に目的もない話を1~2時間続け、「話を聞いてもらえた」とおえつを漏らす人がいた。
「孤独じゃないと思ってもらえるだけでよかった」。HAT神戸の復興公営住宅でも続け、総訪問戸数は延べ3万6563軒。今年3月、705回目で活動に幕を下ろした。
「ひまわりおじさん」の名で知られる神戸市垂水区のNPO法人「ひまわりの夢企画」代表、荒井勣(いさお)(73)の原点は震災当時の出前風呂だった。本業だった自動車販売修理業の腕を生かし、中古トラックを改造。荷台に着替え室とシャワー室を整え、震災6日後に神戸・ポートアイランドの港島中学校に置いた。
4日間で千人超が利用した。「兄ちゃんありがとうな」。涙を流して喜んでもらえた。「神戸が僕を必要としている。このために生きることを許された人間なんだ」。最終日、呼び出された校長室に酒が入ったコップが置いてあった。「飲んでくれ」と勧める校長と握手を交わした。
その後、ひまわりを咲かせる活動に取り組んだ。「がれきの街にひまわりを」の合言葉は、被災者に大きな共感を呼んだ。現在は、人と防災未来センター(同市中央区)で語り部を務める。「頼まれもしないのに、勝手に判断して活動するのがボランティア。そこには常に被災者の目線が大切なんです」
当時は神戸大助教授。社会心理学者で大阪大大学院教授の渥美公秀(ともひで)(58)は、ボランティアへのイメージもないまま、住まいがあった西宮市で支援活動を始めた。壊れた家から木材を切り出し、避難所の小学校で風呂をたいた。人の役に立つ喜びを知った。気がつけば、ボランティア団体「日本災害救援ボランティアネットワーク(NVNAD)」理事長を務め、学者とボランティアの二足のわらじを履いていた。
震災から10年ほどが過ぎたとき、疑問が頭をよぎる。「健常者ばかりを見ていないか。車いすや寝たきりの高齢者、そして障害者の視点が抜け落ちていないか」。災害時に助けるべき命を見落とさないコミュニティーをいかに育むか-。最重要テーマに掲げ、防災の研究に取り組む。
「取りこぼされる人々にこそ支援を届けるべきだ。誰もが助かる社会にならなければならない」
災害時に見過ごされがちな少数者(マイノリティー)。震災当時、兵庫に暮らす外国人もそうだった。
「地震と分からず『戦争!?』と勘違いする人もいた」。名古屋外国語大教授で、外国人支援の通訳・翻訳事業を手掛ける神戸市長田区のNPO法人「多言語センターFACI(ファシル)L」理事長の吉富志津代は振り返る。
ボリビアの総領事館で勤務経験があった吉富は、ボランティアの基地だった神戸市長田区の「カトリックたかとり教会」を拠点にスペイン語圏の外国人支援に奔走。救援物資を配り、情報を翻訳して伝えた。
「避難所は誰でも行けるのか」「おにぎりはもらっていいのか」。日本語が分からないため情報格差が生まれ、行政の支援も行き届いていなかった。外国人も地域の「隣人」という認識が社会に欠けていた。
その隙間を埋めたのが市民だった。ボランティア団体間の調整役を務めた草地賢一(故人)の呼び掛けで相談窓口の「外国人救援ネット」が開設された。「情報さえ伝われば外国人も近隣住民を救助する担い手になれる」。吉富は多文化・多言語コミュニティ放送局「FMわぃわぃ」の設立に携わり、マイノリティーの「居場所」づくりに尽力する。
「震災は住民が助け合う大切さを被災者に教え、その住民が多様だとも気付かせた」。震災で多文化共生の萌芽(ほうが)が生まれた。誰も排除しない社会へ。互いを思いやる心こそが、共生の花を咲かせる。=敬称略=
(金 旻革、竹本拓也)
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