猛火がまちをのみ込んだ。生き埋めになった人を助けられないまま、家が燃えていく様子を見つめることしかできなかった。1995年1月17日。阪神・淡路大震災によってまちは壊滅し、大切な命が奪われた。「地獄だった」。口をついて出る言葉は、圧倒的な自然の力を前にした被災者たちの無力感を物語る。
「お父さん逃げて! 子ども頼むよ!」
がれきとなった家の中から叫びが聞こえる。神戸市長田区の鷹取商店街。商店と長屋が密集した下町は火にのまれた。古市忠夫(79)は消防団員として救助活動に奔走していた。家族は無事だったが、営んだカメラ店兼自宅も全焼していた。
崩れ落ちた家に向かって「助けたるからな。待ってろよ」と声を掛ける男性がいた。中から男性の妻の声が聞こえた。女性は客として古市の店に顔を出したこともあった。
家の後ろに真っ赤な火柱が迫っていた。古市は男性を羽交い締めにし、炎に包まれる家から男性を引きはがした。「奥さん、ごめんな」。女性の最期の言葉を聞きながら、古市はわび続けた。
「生きた人間が目の前で死んでいく。地獄の光景だった」。親友の死を知っても悲しみすら湧かなかった。廃虚のまちでただ絶望を抱えた。
人間の力はちっぽけだと震災に痛感させられた。だからこそ人に支えられて生きている。人のために頑張れることへの感謝の思いが強くなった。60歳目前でゴルフのプロテストに挑み、史上2位の高齢プロゴルファーとなった。震災にくじけず夢をつかんだ軌跡は被災者を勇気づけ、映画にもなった。
古市は今も地元の自治会長として消防訓練を続ける。毎月実施する訓練は今月で177回目を数えた。「災害に強いまちをつくる。自分の使命であり、亡くなった人たちへの供養でもある」。そう信じる。
震源地は淡路島北部と神戸市垂水区に挟まれた大阪湾。北緯34度36分、東経135度02分。前日の1月16日午後6時28分、全く同じ地点がかすかに揺れ、神戸で震度1を観測した。激震の11時間18分前だった。
17日午前5時46分の激震で、淡路島の地表には約10キロにわたって野島断層が表出。すさまじいエネルギーが、地面を水平方向に最大2・5メートル、垂直方向に1メートル以上ずれさせた。
激震地帯は淡路島北部から神戸、芦屋を経て西宮、一部は宝塚市まで広がる。後に気象庁が「震度7の帯」と名付けた一帯は、老朽家屋が軒並み倒れ、火災が多発。それまで見えなかった遠くが見渡せるようになり、爆撃を食らった後のような光景が広がった。
神戸市長田区菅原通4にあった菅原市場も大火に見舞われた。焼け野原になった市場は、上皇后美智子さまが慰問に訪れ、スイセンを手向けられたことで知られる場所だ。
垂水消防署の消防隊員だった野村勝(81)は震災当日、菅原市場に応援出動した。到着したのは午前8時20分。市場は火の海だった。すぐに消火作業に取りかかったが、消火栓や防火水槽はことごとく壊れていた。水が出ない。「あり得ない」。野村は絶句した。
JR神戸線の南側まで来ている兵庫運河支線から海水を引き込んで消火を試みようとした時、住民に阻まれた。「うちのおやじを助けてくれんのか!」と叫ぶ男性だった。
生存者の声が聞こえた家は救助活動を行ったが、男性宅では応答がなかった。「声がする人の救助を優先する」。苦渋の表情で告げる野村を、男性は突き飛ばした。他の住民からも何度もののしられた。
期待に応えられない負い目。震災から1カ月後に心的外傷後ストレス障害(PTSD)を患い、眠れない日々が続いた。消防士と名乗れず、震災の体験を被災地で話せるまで9年かかった。今は人と防災未来センター(神戸市中央区)で語り部を務める。「力になれなかった悔しさと申し訳なさが残っている」
兵庫県警災害対策課の松本博之(49)も、警察官としてなすすべもなく被災地に立ち尽くすことになった。がれきの隙間から布団と人影が見え、高齢女性が生き埋めになっていた。手元にあるのはスコップとつるはし、ロープだけ。油圧式カッターなど災害救助の備えが警察にはなかった。のこぎりやハンマーを住民に借りたが、女性を救い出せないまま現場を後にせざるを得なかった。
「救助の技術も資機材もない。訓練すら経験がなかった」。今は西日本豪雨や熊本地震など災害被災地の支援に力を尽くし、若手警察官への訓練指導に熱を入れる。救えなかった無念が原動力となっている。
救命を担う医療機関の現場も混乱を極めた。六甲アイランド甲南病院循環器内科の水谷和郎(55)は震災当時、兵庫県立淡路病院(洲本市)にいた。当日は当直明けだった。
午前7時ごろから心臓マッサージを受けながら搬送される重症患者が相次いだ。「助けられる人を助けなさい!」。陣頭指揮を執った外科部長の松田昌三(故人)が声を荒らげた。近くには少年に心臓マッサージを続ける医師がいた。治療の優先順位を決めるトリアージで、少年は「黒タグ」。蘇生の見込みがないことを告げていた。今では災害医療の基本とも言えるトリアージだが、当時は現場に浸透しきっていなかったことも混乱の一因だった。救える患者を優先することを松田は指示した。
野戦病院さながらの現場。50人ほどの医師がいた。何をすべきか判断できず、ぼうぜんとする医師もいた。水谷は「院内にいても情報が入らない」と考え、玄関先に回る。搬送されてきた患者の容体や症状を院内に伝え、患者ごとに円滑な受け入れができるよう情報を整理する役割を買って出た。
「現在の災害医療ではチームの指揮官が必ずいるが、当時は差配する人が決められていなかった」と水谷。「自ら考え行動できる人材が増えなければ、救える命を増やせない」
淡路病院の初動は災害医療のモデルと評されるが、水谷にとっては「あくまで最低ライン」。常に自戒を忘れず、命の現場に臨む覚悟を胸に、あの日の経験を語り継ぐ活動を続けている。=敬称略=
(金 旻革、竹本拓也)
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