災害多発列島における対策の切り札として注目される考え方がある。「事前復興」。災害後のまちのあるべき姿や将来像を前もって定め、そこへ向かう復興の道筋を計画しておく。災害が起きれば速やかに計画を実行し、さらに災害前からも実現を図って、災害に強いまちにしておこうという取り組みだ。
近い将来必ず起きると予測される南海トラフ巨大地震や首都直下地震を前に、国は防災基本計画に「復興事前準備」として位置付け、自治体に対して積極的な推進を呼び掛けている。
事前復興は、阪神・淡路大震災後に提唱されるようになった。その背景にあったのは、被災地の苦い体験だった。
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阪神・淡路大震災の発生からわずか2カ月。それは「第二の被災」とも呼ばれた。
都市計画決定。被災地の特に被害が激しかった地域に、突如として復興まちづくり事業の巨大な都市計画の網が掛けられる。神戸、芦屋、西宮、宝塚の4市と北淡町(現淡路市)の計13地区・約255ヘクタール(いずれも当時)。甲子園球場66個分にも及ぶ広大な事業エリアに、土地区画整理事業と市街地再開発事業が導入されることになる。
対象エリアの住民は、被災で壊れたわが家を建て直すことが制限されたり、土地の一部を削られたりすることになった。
「まちをつぶすな!」
3月14日、神戸市役所前。数百人の市民が集まり、シュプレヒコールを上げる。都市計画案の可否を検討する市都市計画審議会が開かれようとしていた。
「異常な早さで計画案が出てきた。住民に怒りが広がった」。神戸市東灘区森南町2の大川真平(64)は振り返る。7割近い家が全半壊し、約80人が亡くなった森南地区(16・7ヘクタール)。区画整理の計画案が判明したのは2月22日だった。ほとんどの住民が公園のテント村や避難所にいた。図面には、自分たちの家の上を貫くように幅17メートルの「防災道路」が書き込まれていた。
区画整理は、住民が少しずつ土地を出し合うことで道路や公園用地を生み出す。当時の住民たちは家族、家を失い、心に深い傷を抱えたまま避難生活を送っていた。「土地まで奪われるのか」。住民不在の都市計画に、怒りが沸騰する。他の市町でも猛烈な反発が渦巻いた。
混乱は3月16日の兵庫県都市計画地方審議会にも引き継がれる。それでも同審議会は市町の原案を可決。これを受け、知事の貝原俊民(故人)は「具体的なまちづくり案は住民との今後の話し合いで決まる」とする「2段階方式」の導入を表明。翌17日に都市計画決定された。
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「災害後に行政がトップダウンでまちの課題解決に乗り出しても、住民との合意形成は難しい。事前に住民と復興計画を協議しておくことが欠かせない」
兵庫県立大大学院減災復興政策研究科長の室崎益輝(よしてる)(75)は指摘する。「事前復興」の重要性は阪神・淡路後の混乱と対立を教訓として導き出された。
森南地区は交渉の末、市側に17メートル道路の計画を撤回させた。しかし、地区は三つに分かれ、まちづくり協議会も分裂。街区は震災前とあまり変わらなかったが、地域にしこりが残った。「事業を急ぐ必要があったのか。このまちになぜ区画整理が必要だったのかは今も分からない」。唇をかむ大川は不信感を拭えないでいる。=敬称略=
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