広大な埋め立て地に立地し、完成後しばらくは周辺に草木しかなく、暗夜は深かった。夜になると、集会所に決まって現れる女性がいた。その女性は毎晩、午前2時ごろまで話しては部屋に戻っていった。
「離れ小島の団地で寂しさを募らせる人は多かった」
1998年に整備された兵庫県芦屋市陽光町の復興住宅「市営南芦屋浜団地」。池田和夫(68)はそこで、365日24時間体制で見守る生活援助員(LSA)のメンバーとして高齢者や障害者を支えてきた。
高齢者専用住宅「シルバーハウジング」で24時間常駐するLSAや、復興住宅全般に目を光らせる高齢世帯生活援助員(SCS)など、見守り事業の源流は、仮設住宅でスタッフが被災者を24時間体制で支えた「ケア付き(地域型)仮設住宅」にある。高齢者や障害者にいつもそばに誰かがいる安心感とゆとりのある暮らしを提供した。
復興住宅の「鉄の扉」が、人の息遣いをさえぎり、いまわの際にも孤独を迫った。つながりを失わせてはいけない-。ケア付き仮設の経験を復興住宅に移植したのが、LSAやSCSなどの見守り事業だった。
池田らLSAが寝泊まりする集会所に毎晩訪れる女性は精神障害があり、同団地に移り住む前はケア付き仮設にいた。仮設では高齢者の良き話し相手となる側だったという。
LSAは、同団地のシルバーハウジング110戸に設置された緊急通報装置が鳴れば、すぐに駆け付けた。「夕飯を食べようとしたら電球が切れた。腰が曲がっていて交換できない」という独居の高齢女性がいれば、ある朝は「ジャムのふたが開けられない」という通報もあった。「味気ないパンを食べなくても済むように援助する。ささいな支援の積み重ねが人を勇気づけられる」。同団地のLSA派遣事業を担う社会福祉法人「きらくえん」名誉理事長の市川禮子(82)は言う。
安否確認が取れない入居者宅に入るため、池田は高層階のベランダ柵を乗り越えてガラス戸を破ったことも。「かつては日常茶飯事だった」。孤独な死を迎えさせないために。
阪神・淡路大震災をきっかけに生まれた支え合いの形は多様だ。復興住宅などで入居者同士がふれあえる共同スペースを設けた協同居住型集合住宅「コレクティブハウジング」は、北欧の先進事例を取り入れた画期的な住宅施策だった。被災地に計10団地341戸。兵庫県や神戸市、尼崎市が整備した。
98年4月に完成した神戸市中央区の「県営大倉山ふれあい住宅」は、約500戸のうち32戸をコレクティブとした。4階までの各階に独立した8戸が並び、単身の高齢者が暮らす。階ごとに、キッチンや居間がある共同室が用意され、間仕切りのないバルコニーは下町の長屋をほうふつとさせる。
「洗濯物が干されているかどうかで入居者の様子がうかがえた」。大倉山コレクティブの代表、岩崎洋三(84)は震災で住んでいた同市兵庫区の木造アパートが全壊。コレクティブの意味も分からず、何げなく入居を申し込んだという。
個人としての生活と団体生活を同時に味わえるのが楽しかった。月に1回は共同室で食事会やお茶会を開き、冬は鍋をつつき、人数が多いときはカラオケに興じた。バルコニーで行き来し、「お茶飲もうか」と声を掛け合い、話に花を咲かせた。「自然にお互いを気遣える空間があり、1人暮らしの高齢者のためになった」
ただメンバーが徐々に入れ替わり、当初から入居する被災者は岩崎をはじめ数えるほどになった。つながりは希薄になり、共同室の利用はめっきり減った。約2年前から専属のLSAもいなくなり、住民の悩み事や生活の不安は見えづらくなった。
「普通の復興住宅と同じように、住民同士の顔が見えない関係になってきた。コレクティブが持つ助け合いのメリットを、住民も行政もあらためて認識してほしい」
岩崎が暮らす3階のバルコニーには色とりどりの草花を植えたプランターが並ぶ。手入れをするのが岩崎だけになって久しい。
「復興住宅の一番の問題は、まちから高齢者を抜き集めたことだ」。震災を巡る住宅政策を研究してきた神戸大大学院教授の平山洋介(61)。被災者の住まいを考えるとき、震災前の暮らしと照らし合わせる必要性を主張する。
地域や近所には、気遣ってくれたり、助けてくれたりした家族や仲間がいたかもしれない。再び同じコミュニティーで集住できれば、まちに備わっていた吸収力や包容力といった機能が期待できる。
しかし現実には、いったん郊外の復興住宅に入居すれば、その後に街中に復興住宅が整備されても応募資格はなく、元のコミュニティーが再生する余地はなかった。
「住宅を建てるのは被災者の生活再建のため、という考えを中心に据えるべきだが、実際には建てること自体が目的になっていた」。今後も地域の福祉力を取り戻す住宅政策を展開するよう行政に求めていく。
神戸大学の学生団体「灘地域活動センター」。被災者が集える場所を提供しようと、97年の発足時に仮設住宅でお茶会を始めた。以来、復興住宅に場所を移した今も毎週土曜日、神戸市中央区の「HAT神戸灘の浜」と同市灘区の「県営岩屋北町住宅」でお茶会を続けている。
お菓子やコーヒーなどを用意し、学生が集会所で高齢者らと語らう。毎回、灘の浜には50人ほど、岩屋北町にも20人ほどが集まる。震災25年の被災地で、ボランティアによる継続的なお茶会はもう珍しい。
「住民同士が顔を合わせたり、外出したりするきっかけにしてもらえている」と話すのは、団体の全体リーダーで神戸大3年生の石崎貴江(21)。出身は広島市なので、神戸の人と関わりを持ちたいと思い、参加した。人見知りで不安もあったが、足を運ぶうちに名前を覚えてもらい、「いつもありがとうね」と声を掛けられ、やりがいを覚えた。「年が離れた学生だからこそ住民も気兼ねせずに参加できる。コミュニティー支援のモデルとして普及できたら」
活動に参加した経験から新たな問題意識を持つ若者も生まれている。OGの団体職員市川英恵(26)は卒業論文で、借り上げ復興住宅を巡る入居者の退去問題を取り上げた。借り上げ復興住宅とは、行政が民間の賃貸住宅を借り上げ、20年契約で被災者に提供した一部の復興住宅のこと。契約期限を迎えた数年前から、自治体が退去を求め、住民からは継続入居を求める声が上がった。神戸市や西宮市などは明け渡しを求め、住民を提訴する事態となった。
裁判の傍聴を続ける市川さん。「高齢者に転居など生活の変化は大きな負担。被災者の生活を顧みるべき」と主張する。加えて、災害が多発する時代だけに「住み慣れた場所でいつまでも元気に過ごすことを、もっと当たり前のこととして受け止める世の中になってほしい」と願う。=敬称略=
(金 旻革、竹本拓也)
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