「現金ばらまきじゃないか。こんな事業、個人補償以外の何物でもない!」
怒気をはらんだ口調で中央官僚がまくし立てた。
1996年夏、東京。「説明に来い」という政府の阪神・淡路大震災復興対策本部からの求めに応じ、兵庫県職員たちは霞が関の関係省庁を訪ねて回る。
被災地では、家族や住まい、仕事を失った中高年たちが仮設住宅などに閉じこもるようになっていた。相次ぐ孤独死や自殺。何とか人と触れ合う場に引っ張りだそう-。県が始めた復興事業「いきいき仕事塾」が、国からやり玉に挙げられる。
「いきいき-」は手芸や小物作り、野菜づくりなどを学べる12回の連続講座で、被災者が定期的に外出する機会と新しい仲間との出会いの場を提供する。受講者には交通費名目で2千円を手渡すことを決めていた。
国がつけた物言いに、当時副知事だった兵庫県知事の井戸敏三(74)の命を受け、すぐさま県生活復興局長だった神戸学院大教授の清原桂子(68)らが上京する。「交通費は実費。目的は被災者の生活サポートです」。展開した反論に、最後まで国が納得する場面はなかったが、清原は「被災者が元気を取り戻すためだ」と押し切った。
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バブル崩壊後、政府は景気浮揚策として60兆円規模の公共投資を続けていた。その一方で、被災者の生活再建に直接税金を投じる個人補償や、被災地が求めた規制緩和などの「特区」構想には首を縦に振らなかった。
現場では、日々発生する問題にどう対応し、被災者をどう救うかが問われていた。手足を縛られた格好の被災自治体は一計を案じる。それが95年4月設立の「復興基金」だ。県と神戸市などが9千億円を出資し、3700億円の運用益で116の被災者支援事業を担った。
高齢世帯には、97年4月から月額最大2万5千円の「生活再建支援金」を支給した。国が頑強に反対する個人への現金給付に踏み込んだ。翌年成立の被災者生活再建支援法は阪神・淡路の被災者に適用されなかったが、基金から最大150万円を支給する「被災者自立支援金」を立ち上げた。生活再建支援金は自立支援金に統合され、対象の被災者に配布された。
2020年度末で役割を終える復興基金。そこには被災地の反骨と希望が投影されていた。
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復興基金を生かすため、行政と被災者をつなぐ「架け橋」がいる-。95年7月、民間から12分野の専門家が集い、県の課長級職員らと膝詰めで議論する「被災者復興支援会議」が発足する。
05年3月までの3期10年。現場主義を徹底し、仮設住宅などを計251回訪ねる。そこで見聞きした課題の解決策を、行政と被災者の双方に提言していった。会議メンバーでもある行政は即実行が求められた。その代表的な例には、復興住宅を含む高齢者向け公営住宅「シルバーハウジング」への生活援助員(LSA)配置などが挙げられる。
99年から05年までの2、3期で座長を務めた兵庫県立大大学院減災復興政策研究科長の室崎益輝(よしてる)(75)は「民間と行政が知恵を出し合う理想形があった」と語る。復興基金と車の両輪を成し、「参画と協働」の原点となった支援会議。「被災者の生活復興とは何か」への答えを追求する場となった。=敬称略=
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