東日本大震災後に生まれた宮城県南部にあるその町は、復興の先駆者とたたえられた。岩沼市玉浦西地区。海岸線から約3キロ内陸、水田に囲まれた造成地に一戸建てや復興住宅が並ぶ。
9年前、市域の48%が津波で浸水し、住宅5千戸超が損壊した。市は被災者の自殺や孤独死を防ぐため、避難所や仮設住宅入居の際、元の住まいの地区単位で集まって生活できるよう配慮した。その結果、住民同士のつながりが保たれ、復興に向けた話し合いが活発化していく。
震災8カ月後には沿岸6地区が玉浦西地区への集団移転を決め、4年後の2015年7月には「まち開き」にこぎ着けた。早期復興に、同市担当者は「コミュニティーを維持したことが奏功した。阪神・淡路大震災の教訓を生かせた」と胸を張る。
ただ、その教訓はあくまでも“反面教師”の色合いが濃い。
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阪神・淡路では、行政が主導し、土地区画整理事業が18地区で、市街地再開発事業が6地区で行われた。総事業費は8900億円超。まちも人々の暮らしも震災前と様変わりした。
今年1月17日朝、神戸市長田区御蔵通5の御蔵北公園で営まれた震災慰霊法要。田中保三(79)はさみしげにつぶやいた。「なじみの人が少なくなった」
震災で大火が起き、区画整理の網がかかった。田中はまちづくり協議会長として奔走した。密集する長屋と文化住宅は、一戸建てや復興住宅に生まれ変わった。事業完了まで10年を要した。その直前、ある住民が田中に問い掛けた。「生活のにおいがしない。これでいいんですか」。現在の地区人口は震災前の約650人に迫る。しかし、元の住民は3割もいない。
「住民が散り散りにならなければ、戻れた人はもっといたはずだ」。悔しさは今も残る。
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25万棟が全半壊し、被災者は避難所や親類宅に身を寄せた。区画整理と再開発が都市計画決定されたのは、そんなさなかの1995年3月17日だった。離れた場所にできた仮設住宅への入居は抽選で決められた。公平性が最優先された。
「仮設が当たらず県外まで避難し、まちを去った住民もいる」。区画整理に16年かかった新長田駅北地区で、東部まちづくり協議会連合会長だった野村勝(81)は言う。「特に借家人を救えなかった」
区画整理では、住民が土地を少しずつ出し合い、道路や公園を整備する。事業の中心は土地所有者で、借家人は対象外。家主が賃貸住宅を再建しなければ住み直せない。平均10年に及んだ事業の長期化で、多くが住まいを求めて地域を去った。
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阪神・淡路の経験を糧に今、「事前復興」が注目されている。被災後のまちの将来像を住民が平時から権利関係も含めて話し合い、災害に強いまちにしておく考え方だ。区画整理をするのか、その場合に借家人の住まいをどう手当てするのか…。
一度失われたコミュニティーの再構築は困難が伴う。「被災場所の近くに仮設を整備するなど、コミュニティーの分断を防ぐことに目を向けるべきだ」。宮城県岩沼市の事例を挙げ、兵庫県立大大学院減災復興政策研究科長の室崎益輝(よしてる)(75)は強調する。まちをつくることは、人のつながりをつくること。「普段からの話し合いが災害に強いまちをつくる」=敬称略=
(金 旻革、竹本拓也)
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