1995年1月18日夜、阪神・淡路大震災の発生からわずか1日半後。災害対策会議を終えた兵庫県知事の貝原俊民(故人)は、知事公室長だった藤本和弘(82)に指示を出した。
「震災復興に自由に使える復興基金みたいなものがいるんじゃないか。早急に検討してくれ」
91年の長崎県・雲仙普賢岳噴火災害では、義援金が被災者の住宅再建に貢献した。しかし、桁違いの被害が明らかな阪神・淡路では義援金のみを頼りにすることはできない。
基金なら、被災者の自立を支える事業を弾力的に展開できる-。被災者一人一人の復興は、被災地の自治体が考えなければならなかった。なぜならば、国は「復興」の名の下に「復旧」への支援は惜しまなかったが、被災前よりも良くなる「復興」への支援には消極的だったからだ。
95年2月下旬、東京・首相官邸。国土庁(現国土交通省)元事務次官、下河辺淳(故人)が委員長を務めた「阪神・淡路復興委員会」の第2回会合に、経団連元会長の平岩外四(故人)や評論家の堺屋太一(故人)らが出席した。震災の復興基本方針を検討する首相の諮問機関。冒頭、特別顧問で元副総理の後藤田正晴(故人)が口火を切る。
「計画は物理的、社会的、財政的にぎりぎりの線を求めてやってほしい。それを超すと理想倒れになる」。さらに言う。「政府としては個人の損失に直接補償しない建前だ」
政界に強い影響力を持った後藤田の発言が国の姿勢を鮮明にした。復旧以上の復興には関与しない、被災地を特別扱いしない、個人の被害回復には手を貸さない-。貝原も元自治官僚。国の思考法をよく知る貝原が復興基金の設立を急いだのは、個人の復興に国が目を向けないことを想定していたからかもしれない。震災から2カ月半後、復興基金が設立され、さらにその3カ月後、官民で暮らしの復興を議論する「被災者復興支援会議」が発足する。
被災者に寄り添い、被災者目線からの復興施策提言と実現を掲げた被災者復興支援会議。「行政当局のシナリオも施策の原案もない。自由闊達(かったつ)に議論を交わす会議だった」。1期(95年7月~99年3月)で座長を務めた元神戸大経済経営研究所教授の小西康生(76)は振り返る。福祉や雇用、産業に医療などの専門家を課長級県職員でつくるプロジェクトチームが補佐。ともに被災者が暮らす現場を訪ねる「移動いどばた会議」は、行政と被災者の「架け橋」を掲げる支援会議の真骨頂だった。
会議発足から2週間後、神戸市北区の仮設北神戸第1住宅などで初めてのいどばた会議を実施した。不自由な避難所生活から解放された被災者から笑顔が見られたが、「日差しがきつくて。ひさしがあれば…」とつぶやく。それを聞いた県職員は即座に業者に連絡を入れ、ひさしを付ける工事を発注した。「水はけが悪い」「湿気で畳が浮く」…。生活に密着した課題を県の責任者が現場で直視し、復興基金を活用して生活環境の改善を図った。
提言は計28回。復興基金を活用して仮設住宅に設置されたふれあいセンターは、100戸以上が集まる大規模仮設を対象に建設が計画されたが、支援会議で「ニーズは高い」「ボランティアの情報交換の場にもなる」などの意見が交わされる。設置基準の引き下げを求めた提言を受け、県は95年9月、50戸以上の仮設に設置するよう方針を転換する。
福祉防災が専門の同志社大教授、立木茂雄(64)は支援会議に参加していた99年夏ごろ、被災者約270人に「あなたにとって生活再建とは」についてワークショップで問い掛ける。回答は「住まい」が最多。気になったのは、次に多い「人と人とのつながり」だった。
被災者が仮設から復興住宅へ移行している時期だった。高齢者向け公営住宅「シルバーハウジング」には生活援助員(LSA)が配置されたが、一般の復興住宅にはいなかった。「孤立しがちな高齢者の支援が必要」。支援会議は2001年9月、復興住宅での見守り事業拡大を県に提言。県は同月、復興住宅で見守りを担う高齢世帯生活援助員(SCS)を施策化した。
「被災者に話を聞かなければ課題は分からない。県庁の内部でも、現場の声なしには事業を施策化できない雰囲気があった」
県幹部として支援会議1期に参加した神戸学院大教授の清原桂子(68)は、仮設住宅などを訪ねる中で、夫のドメスティックバイオレンス(DV)やアルコール依存症に悩んだり、被災マンションの再建委員会で「女は黙っとれ!」と面罵されて精神的に不安定になったりした女性たちを目の当たりにした。支援会議で議論を積み重ね、「被災者の心のケアを担う拠点がいる」と提言し、県による「こころのケアセンター」設置にこぎ着けた。
2期(99年4月~01年3月)では、復興住宅に閉じこもりがちな高齢者が問題になった。支援会議は、心身の不安や悩みの相談を担う拠点整備を提言する。01年度から始まった「まちの保健室」事業は、県看護協会の看護師らが復興住宅や公民館などで健康や介護などの相談を担った。高齢化社会が進む中で需要は高く、今では県内全域で事業を継続している。
提言の対象は行政だけではなく、被災者にも向けられた。仮設住宅における自治会づくりや、復興住宅での住民同士による交流。時には「子どもの模範になろう」と呼び掛け、常に被災者の自立を意識した。
神戸・元町にあった書店「海文堂書店」社長として1期メンバーに名を連ねたアートサポートセンター神戸代表の島田誠(77)は「市民主体の復興が被災地をよみがえらせるという思いだった」と振り返る。
2、3期座長だった兵庫県立大大学院減災復興政策研究科長の室崎益輝(よしてる)(75)は、その成果を「行政と市民による参画と協働の実現ができて初めて、一人一人の復興が可能になることを示した」とする。支援会議が正式解散した05年、県は後継組織として、被災地に残された課題と対策を検証する「復興フォローアップ委員会」を設置。その座長に就任した室崎は「社会が変わらなければ被災者の復興はあり得ない」と、高齢者の見守り事業のさらなる充実や街のにぎわいづくりなどを提言し続けている。=敬称略=
(金 旻革、竹本拓也)
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