「トイレの電球が交換できない」「ペットボトルのふたを開けてほしい」。約400戸ある兵庫県芦屋市陽光町の復興住宅「市営南芦屋浜団地」を、生活援助員(LSA)の城戸昌子(68)が走り回る。
LSAは団地の見守り役。高齢者や障害者の安否確認、家事援助、緊急対応などを担う。市町の委託を受けた社会福祉法人などのスタッフが、復興住宅を含む高齢者向け公営住宅「シルバーハウジング」に常駐し、生活の不安や悩みに寄り添う。
同団地は、阪神・淡路大震災の被災者向けに整備された。1998年4月の完成以来、兵庫県内の公営住宅で唯一、365日24時間体制でLSAが配置され、今も集会所にスタッフ7人が交代で寝泊まりする。
同年10月から携わる城戸は、多い時で1日に80~100戸を訪ねてきた。「困っている人に元気になってもらいたい一心だった」。集会所にともる明かりは住民に安堵(あんど)をもたらしてきた。
◇
震災後に整備された2万5421戸を含め、復興住宅は4万1963戸が供給された。住まいを失い、避難所、仮設住宅を転々としてきた被災者がようやく得た安息の場のはずだった。
ただそこに、思わぬ壁が立ちはだかる。「鉄の扉」。仮設住宅でせっかく築かれたつながりを、復興住宅に入居するための抽選が断ち切った。扉を閉めた部屋は外界から孤絶し、被災者の孤立感を強めた。そして、孤独死が相次ぐ。事態を打開すべく導入されたのが、LSAをはじめとする見守り事業だった。
それから約20年。復興住宅の高齢化率は2019年11月時点で過去最高の53・7%。県が調査を開始した19年前から13・2ポイント上昇した。見守り活動の必要性は増すばかり。だが、現実はむしろ逆方向に進んでいる。
神戸市は18年度、市内約2400戸のシルバーハウジングに常駐していたLSAを廃止した。介護保険法で定められた地域包括支援センターのスタッフが、公営住宅全般の見守りを担う態勢に転換した。市の担当者はその理由を「被災者だけを手厚く支援することに理解が得られにくくなった」と明かす。
高齢化は復興住宅にとどまらない。同市内の市営・県営住宅は6万戸以上。LSAが常駐した住宅の25倍に及ぶ。LSA施策を全体に一般化するだけの人材も財源も見当たらない。
◇
高齢化の急激な進展が、阪神・淡路の教訓を廃れさせている。「コミュニティーで支え合える仕組みを行政が提供してこそ、助け合いの可能性は広がる」と兵庫県立大大学院減災復興政策研究科長の室崎益輝(よしてる)(75)。そのヒントとして挙げる事例は、11年の紀伊半島豪雨で被災した奈良県十津川村にあった。
同村は山崩れで死者・行方不明者12人の被害を出した。高齢化率は全国平均28%よりはるかに高い40%超。安心して暮らし続ける住まいづくりが大きな課題になっていた。
3年前に整備された村営住宅「高森のいえ」。地元産スギの木造家屋9戸に、単身高齢者や子育て世帯の計14人が住む。1棟に高齢者宅2戸が連なり、つながった縁側で雨が降っても会話ができる。そこで生まれたつながりが、大雨の際に住民同士の安否確認を習慣化させた。
「多世代共生の支え合いを生み出せた」。同村担当者は手応えを感じている。=敬称略=
2020/2/15【結び】次代へ 災害の悲しみ繰り返さない2020/3/28
【結び】次代へ 被災地の「遺伝子」を継ぐ2020/3/28
【16ー2】市民社会 助け合いから芽生えた協働2020/3/21
【16ー1】市民社会 地域に根差す「新しい公共」2020/3/21
【特別編】防災の普及・啓発 世界21か国で開催「イザ!カエルキャラバン!」2020/3/14
【特別編】防災の普及・啓発 カード形式で震災疑似体験「クロスロード」2020/3/14
【15ー2】つながる被災地 「恩返し」の心意気息づく2020/3/7
【15ー1】つながる被災地 「責任」負い、次なる災害へ2020/3/7
【14ー2】診るということ PTSD、後遺症…耳傾け2020/2/29
【14ー1】診るということ 救えた命と心 医師の苦悩2020/2/29
【特別編】阪神高速倒壊訴訟 高架道路崩壊の責任問う2020/2/22
【13ー2】復興住宅 地域の福祉力 支え合いが鍵2020/2/15
【13ー1】復興住宅 「鉄の扉」、孤絶した被災者2020/2/15
【12ー2】まちづくりの苦闘 つながり再生へ、対立と融和2020/2/8
【12ー1】まちづくりの苦闘 住民散り散り、再建の壁に2020/2/8
【特別編】被災者支援の将来像 現金支給で迅速な支援を 元日弁連災害復興支援委員会委員長弁護士 永井幸寿氏2020/2/1
【特別編】被災者支援の将来像 災害ケースマネジメント 日弁連災害復興支援委員会委員長 津久井進氏2020/2/1
【特別編】被災者支援の将来像 被災者総合支援法案 関西大教授 山崎栄一氏2020/2/1
【11ー2】復興基金と支援会議 現場主義、暮らし改善提言2020/1/25
【11ー1】復興基金と支援会議 「参画と協働」の原点に2020/1/25
【特別編】井戸敏三・兵庫県知事インタビュー 「事前の備え」訴え続ける2020/1/19
【特別編】久元喜造・神戸市長インタビュー 危機管理 想像力を鍛えて2020/1/19
【10ー2】悼む 一人一人の犠牲と向き合う2020/1/11
【10ー1】悼む 記憶共有「言葉が力を持つ」2020/1/11
【9ー2】生活再建支援法 国の「壁」破り個人補償へ2019/12/28
【9ー1】生活再建支援法 被災者救済、市民力の結晶2019/12/28
【8ー2】仮設の日々 人間の生活に「仮」はない2019/12/14
【8ー1】仮設の日々 「つながり」孤独死防ぐ命綱2019/12/14
【7ー2】3・17ショック 日程優先、住民不在の復興案2019/12/7
【7ー1】3・17ショック 合意なき計画多難の船出2019/12/7
【特別編】浮かび上がった課題 支援ボランティアへの支援 兵庫県立大大学院 減災復興政策研究科長 室崎益輝氏2019/11/30
【特別編】浮かび上がった課題 外国人との共生 多言語センターFACIL理事長 吉富志津代氏2019/11/30
【特別編】浮かび上がった課題 トイレ環境の改善 NPO法人日本トイレ研究所代表理事 加藤 篤氏2019/11/30
【6ー2】倒壊の現場 生き方変えた眼前の現実2019/11/23
【6ー1】倒壊の現場 被害の実相 教訓見いだす2019/11/23
【5ー2】混乱の避難所 思いやり、苦境分かち合う2019/11/16
【5ー1】混乱の避難所 過酷な環境、相次いだ関連死2019/11/16
【4ー2】ボランティア 助け合う尊さみな実感2019/11/9
【4ー1】ボランティア 自ら動く被災者のために2019/11/9
【3ー2】危機管理 「心構え」なく初動に遅れ2019/11/2
【3ー1】危機管理 「迅速な全容把握」なお途上2019/11/2
【特別編】地震と共存する 石橋克彦・神戸大名誉教授2019/10/26
【特別編】地震と共存する 尾池和夫・京都造形芸術大学長2019/10/26
【2ー2】午前5時46分 眼前で人が火にのまれた2019/10/19