行政でもない、企業でもない。阪神・淡路大震災から3年、法律に「新しい公共」という概念が位置付けられた。1998年3月の特定非営利活動促進法(NPO法)制定だ。
さかのぼること1年近く。97年6月、大阪市内のホテルの会議場。国会議員らを前に、中村順子(73)は声を張り上げた。
「預金通帳も電話回線も全て私名義。復興のために活動する団体なのに、全ての責任は個人が負わされる。私がいなくなったら団体はどうなるのか」
中村は衆院内閣委員会の地方公聴会に臨んでいた。
現在の肩書は、神戸市東灘区の認定NPO法人「コミュニティ・サポートセンター神戸(CS神戸)」理事長。ただ当時のCS神戸は任意団体にすぎず、事務所の賃貸契約で企業側から常任理事6人が判をつく“連判状”を求められたことも。社会的信用はゼロに等しかった。
震災後、高齢者や障害者、仮設住宅の支援など35事業を展開し、年間予算約6千万円の団体に成長していた。だが「いくら実績を積んでも、団体の存在は認められなかった」。市民活動を支える非営利組織NPOに法人格を与える法成立は、中村にとって、被災地に生まれた市民団体にとって、悲願だった。
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「ボランティア元年」とうたわれた阪神・淡路以降、市民の力は社会に広く認識された。災害対策基本法は震災後2度の改正で、ボランティアの活動環境を整備し、連携していくことを国、自治体に求める。
震災では、少子高齢化や災害弱者支援などの社会問題が顕在化した。公平性を重視する行政や経済原理を優先する企業では、きめ細かな対応に限界がある。そこに登場したのが市民だった。地域に根差し、地域の課題に向き合っていく。
震災直後に全国から駆け付けたボランティアの姿に触発され、「何か役に立ちたい」との思いに駆られる女性がいた。神戸市東灘区在住だった太美(たみ)京(きょう)=2018年死去=は97年、配食サービス「あたふたクッキング」を始め、外出が困難な高齢者のもとへ弁当を届ける。活動は太美の死後も続く。太美のような「普通の市民」が市民活動に傾倒していった。それが阪神・淡路後の被災地だった。
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震災が生んだ「市民社会」のいぶき。だが、寄付文化が根付いていない日本社会にあって、資金確保に苦戦するNPO法人は少なくない。
ひょうごボランタリープラザなどが18年に実施した調査で、回答した兵庫県内のNPO法人252団体のうち、行政からの補助金などを活用せずに運営できている団体は4割にとどまる。2割強は収入の8割以上を行政からの補助に頼っていた。
「行政への依存が強まれば都合のよい下請けに成り下がってしまう」。ひょうごコミュニティ財団代表理事の実吉威(たけし)(54)は指摘する。その懸念は今年2月、現実になったという。神戸市こども家庭センター(児童相談所)を真夜中に訪ねた小学6年の女児を男性職員が追い返した問題だ。同市のNPO法人が約15年にわたって宿直業務を請け負っていたが、市から担当者の専門性を委託の条件に問われることはなかったという。
実吉は言う。「NPOの真価は小さな声に耳を傾け、丁寧に向き合うこと」。市民社会の成熟はまだ道半ばだ。=敬称略=
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