凍える日々が続いていた。阪神・淡路大震災7日目。ピークとなった避難所の数は1153カ所。31万6678人が身を寄せる。
避難所になった小学校の体育館などは人であふれた。最低限の生活を営むことが難しいほど。過密空間に雑魚寝。間仕切りはなく、プライバシーもない。余震への警戒から石油ストーブの使用は禁止された。
神戸市須磨区の林山クリニック院長、梁勝則(リャンスンチ)(63)は避難所のピーク期に同市長田区の長田小と蓮池小を訪れ、絶句する。
遅れて避難した高齢者が廊下に横たわり、トイレの回数を減らそうと飲み物を控えていた。屋内トイレは断水、屋外の仮設トイレは不衛生で冷えた。救援物資の弁当は冷たく固かった。
インフルエンザの流行期。脱水状態で免疫力が低下し、栄養不足も相まった。「避難所は命を落とす環境だった」。梁は振り返る。実際、命が失われる事態が相次ぐ。
災害関連死。避難生活における体調悪化やストレスなどに起因する死の概念は、阪神・淡路大震災で生まれた。921人の死が認定され、この悲劇は後の災害でも繰り返されている。
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「災害によって、弱者を置き去りにする社会が浮き彫りになった」。人を守るはずの避難所が、辛くも助かった命を奪った。経験のない事態に行政の備えはなかった。
1995年2月上旬、梁は介護施設の施設長だった中辻直行=2013年死去=とともに、独自の「高齢者専用避難所」を開設する。病気がちな高齢者に温かな食事とベッドを提供。ほとんどの入所者の症状が回復した。後の「福祉避難所」の先駆けと言える存在だ。
今年10月の台風19号で、約200人が避難した長野市立豊野西小学校。所狭しと並ぶ段ボールベッドの間に、寝そべれば顔が見えない高さの間仕切りが置かれていた。プライバシーの確保と人同士の触れ合いを両立する取り組み。保健師らによる健康相談コーナーもあり、避難者の体調管理に気を配る。
「避難者目線が大切だ」。現地を調査した兵庫県立大大学院減災復興政策研究科長の室崎益輝(よしてる)(75)は、阪神・淡路を踏まえた改善を評価する。
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ただ、震災当時より後退した面もある。熊本地震や西日本豪雨の被災地では、食中毒を警戒する保健所が炊き出しを禁止し、冷たくなった市販のおにぎりやレトルト食品ばかりが配られた。室崎は「阪神・淡路では、避難者も一緒になって作った温かい食事が、被災者の心まで温めていた」と述懐する。
また、阪神・淡路で助け合いの大切さを学んだ人たちにとって、衝撃的な事態も起きている。台風19号が上陸した10月12日、東京都台東区の自主避難所を訪れた路上生活者の男性を、区職員が「区内に住所がない」として追い返した。震災時に神戸市東灘区の御影北小PTA会長として、同小の避難所運営を担った神戸市議の浦上忠文(73)は「困っているのは誰もが一緒のはず」と首をかしげる。
「人を助けるためならば、規則を破ることも場合によっては必要」と指摘する室崎。理想は、誰でも受け入れ、誰もが行きたくなる避難所だという。「身も心も温かくなれる場に」。被災者を救う避難所づくりは今なお途上にある。=敬称略=
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